それはきっと、穏やかな日。
文・滑稽

仕事中のエリュズニールは、つまりは停戦期間中だ。

哀れな小羊を狙う三匹の狼は、店の営業時間中だけは小羊への手出しをしないと取り決めていた。
その為、営業時間内だけは、哀れな小羊たる彼―ディールは安寧を謳歌する事が出来るのだ。
彼の名誉の為に述べておくと、彼は決して弱い訳ではない。
かつて故国で「鏡の騎士」と呼ばれ、忌まわしきダークエルフさえも淘汰したその戦闘能力は、
紆余曲折の結果この喫茶店、エリュズニールに勤めるようになってからも全く衰えていないのだから。
単に彼が彼を狙う狼たる―普通は逆だと思うのだが―エリュズニールの女性陣三名を傷つけるつもりがカケラほどもない事と、
三名が三名とも彼を狙って意識を研ぎ澄ましている事が、彼をして小羊を呼ばせる原因なのだ。

「ふう」

だが彼はこの境遇を嫌だと思った事は一度もない。
男として三人もの美女に言い寄られるのは幸せな事であるし、彼もまたそれを楽しんでいる節もあるにはある。

…無論、平穏無事なのが一番望ましいのだろうが。


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さて今日も、エリュズニールの営業が終わった。
外の片付けをして、そして夕食。いつからか夕食はガルム、ティタ様、リザリア様の持ち回りになり、同じ頃から食後の食器洗いはわたしの仕事になった。
わたしがいつも通り食器の片付けを終えて広間に行くと、いつも通り恩人と主と主の母君が一つのテーブルに座って険悪な雰囲気を醸し出している。

(触らぬ神に祟りなし…っと)

死にかけ、命をも喪いかけていたわたしを救い、今こうして雇ってくれて居る恩人にして店主ガルム。
わたしの主にして婚約者にしてこの喫茶店最強の女傑、ティタ様。
不穏当な発言でもしようものなら、彼女の脚が閃光の刃となって閃くのだ。
そのご母堂にて、わたしの知る限りこの中で最も酷い目に遭われた方、リザリア様。
王妃様、と呼ぶともう王妃ではないのですから、と柔らかい笑顔で仰られた。以来、わたしはこの方をリザリア様と呼んで居る。
ガルムの尽力によって、リザリア様は普通の生活が出来るまで回復した。
…とはいえ、ガルムの趣味の所為で、リザリア様の胸は未だにかなりの大きさだ。
日常生活に困らない程度には戻っているので、当人も問題にしていないようだが。

「それでは、先にお風呂頂いちゃいますね」

声をかけると、三人口を揃えて

「「「いってらっしゃーい♪」」」

と、声をかけてくる。
しかも笑顔で。
見えない場所で溜め息をついて、わたしは風呂へと向かった。

  風呂上り。
「お風呂頂きましたー」
  と告げると、三人はまだ向かい合って座っていた。
三すくみ。そんな言葉が頭をよぎる。
少し前までは、リザリア様はティタ様の味方だったのに。
「…娘の彼氏を母と娘で共有するって言うのも、萌える展開ですね」
「か、かかか母様!?」
「ふっふー、リザリアも命を救ってくれた男には蕩けちゃうよね?ね?」
「…ガルム。そなた母様に何を吹き込んだ」
「別に?ただまだリザリアは若いからねえ、欲求不満なんじゃないかなあって思っただけさ」
「それが余計だと言うのじゃ!」
「いいじゃないかもぅ。ディールにしてみればハーレムだし、ティタとリザリアだって禁断の母娘どんぶりを実践出来るんだよ?これ以上の事が―」
「やかましいわっ!」
 
ティタ様の閃光の右脚がガルムを捉える。
 
「おぶぅっ!!」
「あらあらティタちゃん。母様とディールを分け合うのは嫌?」
「嫌じゃ!!」
 
…思えば、ここで譲歩していれば母娘対ガルム、の均衡は崩れず、事態はティタ様に有利に運べたのだろうが。
「判ったわティタちゃん。それではこれからディールの事に関してはわたくしはティタちゃんの母親ではありません。一人の女として行動します。いいですね?」
「望むところじゃ!!」
「な、ならリザリア、僕と組まないか?二人でならきっとディールを落とせるさ」
「ごめんなさいね、ガルムさん。わたくしも一人の女として、好いた殿方を独占して置きたいと考えているのですよ」
「むむ…いいさ!判ったさ!こうなれば僕だって女だ!ディールは必ず僕に振り向かせて見せるからね!!」
 

といった事があって…
今では事態は不毛な状態を維持している。
まあこのお陰でここのところ平穏無事だからいいのだけれど。

 
さて、わたしはそろそろ寝ますね」

「「「お休みなさい♪」」」

これだけ息が合うというのも、中々面白い。
(仲良くすればいいのに)
口にするのは思い切り自殺行為なので頭の中でのみ呟いて、わたしは体を休める為に二階へ上った。

 


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さて、時間は少し遡る。
ディールが風呂に入った音が聞こえてきたとほぼ同時。ガルムがぼそりと口を開いた。
「…明日は待ちに待った店の定休日だね。二人の予定は?」
「わらわは散歩じゃ。ディールと二人でこの街を当てもなく一日散策するのじゃ♪」
  と、ティタ。
「わたくしはディールに新作の料理の味見をして頂こうかと。朝から晩まで二人でつつましく料理をして過ごそうかと♪」
  娘の発言を一蹴しつつ、リザリア。二人の視線が火花を散らして絡み合う。
「…二人とも却下さ。明日ディールは僕と一日しっぽりベッドの中で一つになるんだからね。二人は明日一人で散歩なり料理なりするように」
 
「「却下!!」」
「何が却下さ!大体ティタちゃんは散歩にかこつけて青姦でもしようってんだろ!?最近ディールにちょーきょーして貰って無いからって、やり方があざといよ!!」
「な、な、な、何を言うかこのエロエルフ!そもそれを言ったら母様とて一緒だろうが!?母様は料理にいかがわしい薬でも混ぜてディールを野獣にしようというのだろう!?
その様な真似、神とお天道が許してもわらわが許さぬわ!!」
「まあティタちゃん!それが母様に言う言葉なのかしら!?大体ガルムさん!貴方なんてそのものずばりじゃありませんか!!女として恥を知らないのですか!?」
 

「む…!」
  「むうう!」
  「ふぬう!」

 
そして、三すくみの出来上がり
  ディールが二階に上って行った後、口火を切ったのはやはりまたガルムだった。
「…じゃあこうしよう。最初に上に上がった者が今日、明日のディールを独占。…それでどうだい?」
「望むところじゃ」
「わたくしには少々荷が重いのですけど…」
「ふっふっふ、このガルム様の健脚をなめちゃいけないよ」
「よかろう。勝負じゃガルム!」
「ティタちゃんには負けないよ!!」
「甘いのぅ。ディールへの愛に燃えるわらわの脚力を開放すれば、いかにエルフとてそうそう勝てるものではない!」
「ふふん。ディールへの愛は僕の方が上さ」
「この勝負…」
「ディールへの愛が強い方が勝つ!!」
「負けられぬわ…」
「こっちこそね」
  と、二人が睨み合って火花を散らしていると。
 
「ねえディール?」

  いつの間にかリザリアが階段の下まで行ってしまっているではないか。
「かか、母様!?」
「ちょ、リザリア!盛り上がってる時の抜け駆けは反則だよ!?」
  振り返ったリザリアは、
「あらあら。盛り上がってらっしゃるからもういいのかと」
  と言って、ニヤリ、と笑った。
ニコリではない。ニヤリである。
そしてそのまま階段を上がっていく。
「ねえディール?明日はわたくしと一日…」
 
「「ちょっと待ったぁぁぁ!!」」
  電光の速さで二人が追いすがる。
「ち…」
  リザリアも急ぐが、二階のドアを開けた時には結局三人同時だった。
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どたどたとなだれ込んでくる三人。
着替えたわたしがベッドに潜りこんだ直後の事で、まだ私も意識が冴えていた。
「わ!な、何なんですか一体!?」
 
「「「ディール!!誰が一番!?」」」
「え、えぇっ!?」
  また何か賭けたのだろうか。
そういえばリザリア様がわたしを呼んでいた様な気がしたなあ。
「えーと…」
  困ったな。賭けの内容を知らなかったからよく見てない…。
「ディール!!君への愛が僕を世界最速の女にしたんだ!!」
「ディール!!わらわの愛は瞬間に地平をも突破するのじゃ!!」
「あらあら…。ディール?わたくしは貴方の為に謀略さえ駆使したのですよ?わたくしが一番速いに決まってますわよね?」
「え、えーと…」
  困った。これじゃ誰と言っても納まりがつかない。
「突然の事だったので…見てないんですよ」
  仕方ないので、正直に言う。
 
「「「…」」」
  呆気に取られた三人。そして一様に納得したような顔をする。
―まあ、仕方ない。勝てなかったけど、負けてもいないし。
彼女達の心情を代弁するなら、こんな所だろうか。
が、戦意を喪失していなかったのが、約一人。
「…ならば」
「え?」
「最早実力行使しかあるまいっっっ!!!」
  言い様、わたしのベッドへ飛び込んでくるティタ様。
「さぁディール、今宵もわらわを可愛がるがよいぞ」
「え、あの…」
 
「「ちょっと待てえええええええっ!!!!」」

「そういう事するなら僕だって考えがあるよ!?」
「ふふふふふ…ティタちゃん?母様を謀るなんてやるようになりましたね」
  嗚呼、他の二人も。
「さあディール!こうなったら最初に挿れた者の勝ちだ!!」
「ええっ!?」
「望むところじゃ!」
「ディール?ささ、わたくしに…」
「ええい母様!今は貴女も敵じゃ!」
「キャ!?」
「ふっふっふ。今だ!!」
 
「「甘い!」」
  どげし!
「おぶう…見事な連携…だけど!ここは昏倒できないのさ!!さぁ!ディール!女の意地を受け止めておくれええっ!!」
「ちょ、ガルム…!!」
 

嗚呼、こうやってまた今日の夜も更けていくのでしょう。

…もう慣れましたけどね。はぁ。

 

 
〜Fin〜


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上記テキストは 2004年1月17日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘