そう。例えばこれが夢であったなら、彼はどんなにか幸せだっただろうか。
だがこれは夢ではない。目の前に座す男はまるで氷のような目で、感情の見えない視線を投げかけている。
ダークエルフ。
彼が仲間と共にここを旅立ったのは五年前だ。
ひとかどの冒険者となって戻って来た彼を迎えたのは、かつての故郷とは似ても似つかぬ亜人の国。
亜人とて、人に敵対しているものばかりではない。現にエルフは、人に紛れて生活している者も多い。
だが、この地に在る亜人は皆、彼らに一様に敵意を持っていた。
そして。
捕縛された彼らは、現在の国王の前に引き出されていた。
「…」
無言が続く。
彼らは両腕を後ろ手に縛られ、座らされている。
少なくとも自分達は殺されるのだろう。一応、それだけは判った。
玉座の男。その目には、自分達への氷の憎悪のみが見えたからだ。
「…陛下。どうなされますか」
側近の一人が伺いを立てる。
「…『奴』が剣を持って戻るのを待つ」
「は…?フルタス様がですか?」
「そうだ。その剣を試すのに良い」
「成る程。試し斬りですな?」
「その間、しっかりと監禁しておけ。…ただし」
その目を彼の右側に縛されている二人の女性に向け。
王は冷たく告げた。
「…女のうち片方は好きにして良い」
「はっ!有り難く」
側近は二人の顔と体を交互に睨め回し。
無言で片方の腕を取った。
「ひ!?」
そのまま間の外へと連れて行く。
「い、嫌!嫌ぁぁぁぁっ!!」
この後の処遇が判るのだろう、抵抗する女性。
だが彼らは歯噛みするしか出来なかった。
突きつけられた剣が、彼らに振り返ることすら禁じていたからである。
引き立てられ、別々に牢に入れられ。
彼が仲間達と再会したのは、三日後、処刑場での事だった。

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サラヴァラックの武神
                      第十一話

「…ぜぇ、ぜぇ」
荒く、息を吐く。
空気が熱い。
剣は既に七本ほどが炎のブレスで溶かされた。
猛竜殿の尾撃を防いだ刃は折れ曲がってしまっているが、それでも炎を防ぐのには使えるから、残りは六本。
その中で猛竜殿に立てられる刃は残り三本。
俺の剣と、師匠の大剣と、クルェ・スルス。
まだ猛竜殿の至近には近寄れていない。
ブレスと尾撃での猛攻が、俺を近寄らせないのだ。
流石は最強の名高い竜族だ。幾星霜に渡って人類の挑戦を退け続けただけの事はある。
だが、俺だって何もしていなかった訳じゃない。
これだけ得物が減れば、最早取れるのは一撃必殺だけだ。
ならば猛竜殿の隙を見極める。
そして頭上を押さえ、一気に。
…その為の、七手だ。
―どうした。ラザムの倅。諦めるなら、生かして帰してやるぞ。
「そうは…いかない。俺の剣はまだ…、残っている!」
そう告げて、近くに落ちている曲がった剣を拾い集める。
「まずは…一手ぇぇっ!!」
猛竜殿に向けて、一直線に駆け抜ける。
出来る限りの全速力。
『がぁぁぁぁぁぁっ!!』
ブレスが、俺の頭上を焼いていく。
ギリギリ、髪の毛が焦げた程度だ。
―ふぅんっ!!
俺が避けた事を見止めての、尾撃。
遠心力のついたその一撃は、ダークエルフでなくば受け止める事も出来ないだろう程に凄まじい。
「これで、二手ぇぇぇっ!!」
大きく跳んで、それを避ける。
目の前にあるのは、猛竜殿の胸。
猛竜殿の左手が、右側から振り抜かれた。
「う…ぉっ!?」
抱えていたうちの一振り、曲がったものを突き刺す。
「…三手」
『ぐぉぉぉぉっ!?』
決定的に刃が折れたが、それでも勢いは減退する。
浅くだが刃も刺さり、俺は猛竜殿の左手の上に乗っている形になった。
―猪口才な!!
今度は右手で俺を叩き落そうと振り上げる。
だが。
「四手!」
俺はその一瞬に跳び上がる。
が、それは猛竜殿の誘いだったらしい。
見下ろした俺の目が、猛竜殿のそれと重なった。
―残念だ…ラザムの倅!!
大きく開かれた猛竜殿の顎。
「これが五手!!」
そこにめがけ、手元にある曲がった剣の一本を投げ込む。
吹き出された炎のブレス、それが投げ込んだ剣に数瞬、遮られる。
上昇している俺には、それで充分だった。
今度は足元を、ブレスが通っていく。
飛び乗ったのは、猛竜殿の眉間。
俺の剣を、抜き放つ。
それを右手に持ち、左手には師匠の大剣を構え。
―貴様ぁぁぁぁっ!!
首を振る猛竜殿の、更に直上に跳び上がる。
「六手」
溜めもなく吐き出された三度目のブレス。
上昇しながら曲がったうちの最後の一本を。
落下しながら、左手の大剣を投げ込む。
曲がった剣とは違い、一本の槍と化したこの大剣は。
その速さも、大きさも、溶かされた剣とは全く違う。
最初の一本で炎はその到達を遅らせ。
既に至近にあった大剣は徐々に溶けながらも炎を切り裂き、猛竜殿の喉笛を見事に突き刺した。
『あがぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
急所の一つを貫かれた痛みに、猛竜殿が叫び声を上げる。
一瞬、猛竜殿の注意が、俺から逸れた。
「おおおおおおおおッ!!!!!」
渾身の力を込めて。
両手に構えた俺の大剣を。
猛竜殿の眉間に。
叩き込んだ。
『あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!』
断末魔だろうか。
俺は力を緩めず、猛竜殿の頭蓋を砕きながら、刃の先を抉りこむ。
ふと、頭上に影。
「!!」
右手はそのままに、左手を腰に伸ばす。
ぶぅん、という音。
俺は反射的に左手を真上へ差し上げた。
ずぶしゅ、という音と、生暖かい液体の感触。
そして、勢いと重さ。
猛竜殿が後先考えず、俺を払い落とそうとしたのか、叩き潰そうとしたのか。
とまれ、その勢いすらも右手の先に伝え。
ごりゅん、と。
刃が間違いなく急所を貫いた。
『あがぁ』
喉から緩い音を漏らし、猛竜殿の頭が―
「七手…詰みです」
地に伏した。


―うぉ、すげぇ!マジに勝っちまったぜ、あいつ!!
「…ダークエルフから『天敵』が一つ減った、って事かな」
―いや。
「ん?」
―アイツから『天敵』が減ったんだろ。
「…ふむ」
―あんな体技を持ったダークエルフなんて初めて見たぜ。
「そうだなぁ…。一応『竜殺し』直伝だからなぁ」
遥か上空では、二人の観客が感嘆の声を上げていた。
「後は契約を交わして…、あの剣にサラヴの魂と力を宿すだけだな」


「ぜぇ…ぜぇ…」
荒く息を吐く。
でもこれは、戦を終えた安堵の息だ。
―ラザムの倅…いや…
「勝ちましたよ…猛竜殿」
―見事だ、デル・ヴァルガ・ラザム。俺は俺の誇りに賭けて、お前を主と認めよう。
「有難う…猛竜殿」
―駄目だ。
「え?」
―お前は最早俺の主なのだ。殿などとつけられては困る。
…そう言えば、そうか。
でも呼び捨てなんて柄じゃないんだけどな。
―これから長い付き合いになる相棒だ。互いに名前で呼び合うがいいだろう。なぁ?ヴァルガ。
そう言われては仕方ない。
「…じゃ、じゃあ…サラヴァラック?」
―うむ。
「済まないが…俺の事はヴァルと呼んでくれ」
―ならば俺はサラヴと呼んでくれ。
「判ったよ…サラヴ」
―うむ。では…、刃を俺の頭にかざせ。
「ああ」
言われるままに剣をかざす。
と、紅い光がサラヴの死体から浮き上がり、剣に吸い込まれていく。
―次は、体液だ。死体の心臓に俺を突き刺せ。
声は剣から聞こえてきた。
「心臓?」
―背中に登ったら場所を教える。
小高い丘のような背を登る。
―ここだ。真下に俺を突き立てろ。
「あ、うん」
死体をこれ以上傷つけるのも気がひけたが、それでも剣を突き刺す。
と。
急速にサラヴの死体が干からび、骨と皮だけになってしまった。
―これでいい。これで俺の全てはこの剣と同化した。
抜き放ったそれは、真紅の紋様を湛えた朱色の刀身へと変貌していた。
―さあ、最後だ。
「最後?」
―この剣に名前をつけろ。…その言霊が、俺を含めたこの剣に関わる全てを完全に融合させる。
「判った」
いまいち最後のは意味が判らなかったけど。
名前は、これしかない。
「主たるデル・ヴァルガ・ラザムの名に於いて汝に名を与えよう。汝の名は…」
世界にそれを知らしめるよう、大きく頭上へとかざす。
「猛竜の魔剣…『サラヴァラック』だ!!」

 

 


続きます


 



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上記テキストは 2004年5月3日滑稽さま に頂きました。(06/12改訂)
ありがとうございます。
雨傘日傘