町から二キロほど離れた山奥。
捕えてきた町の人間に作らせた砦の中。
山賊はここを根城にしていた。
彼らが町を食い物にするようになってもう一年が経つ。
月に十人程の若い女と、食い物、もしくは財宝。
それさえ守っていれば、山賊は町を襲わない。
だが、それすらも今や町にとっては我慢ならない要求だ。
国に頼んでも特段沙汰がなく。
故に戦士を雇い入れ、山賊の征伐を独自に行うほかなかったのだ。

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サラヴァラックの武神
                      第十三話


朝。
目覚めた俺は取り敢えず窓を開けた。
大きく息を吸い込み、吐く。
取り敢えず荷物は纏めておいて、服を着る。
最後にサラヴを背負って、俺は取り敢えず部屋を出た。
「あ、お早うございます!」
「や」
手を上げて少女の挨拶に答える。
「エルフさん。山賊を討伐してくれるって本当ですか!?」
少女の母親―同時にここの女将でもある―が飛びついてきた。
胸倉を掴まれて少々痛い。
「ええ、今日早速行ってくるつもりですけど」
「そ、それじゃ今いらっしゃる傭兵さん達にも連絡をしてこなくちゃいけませんね」
「いえいえ。そんな必要はありませんよ」
「え、でも…」
「…ま、お気になさらず。どうせ旅の剣士一人、血気に逸って死んだ所で大した事でもないでしょう?」
「え、えと…それは…」
「それに、ちょいと余計なギャラリーが居ると困るんですよね。手加減出来ないでしょうから」
「…は?」
きょとん、とする二人。
まあ、当然と言えば当然だ。たった一人で二百人からの群れに突っ込むなんて、ダークエルフでもなければ考えないだろうから。
…まあ俺もダークエルフだけれど、それを明かすともっと問題が大きくなりそうだ。
「ふむ。では論より証拠」
サラヴを抜く。
淡い紅色の刀身に、刻まれている真紅の刻印。
「え、な、何です!?」
「サラヴ。挨拶」
―わざわざ抜かんでも挨拶くらいするぞ。
「ひ、ひぃっ!?」
「阿呆。抜かないと俺がタダの変な人になっちゃうだろうが」
―ふむ。サラヴァラックだ。別にこの男が妙な術を使っているとか言う訳ではないので誤解しないでくれ給え。
「は…はひ」
少女も母親も、絶句している。
まあ、これが正常な反応なのだろうが。
「あの…旅人さん」
と、ふと少女が何かに気付いたかのように声を上げた。
「ん?」
「サラヴァラック…って、もしかして…」
「ああ。南の山の向こうに居たアレだ」
―アレって言うな、馬鹿者。形は変わったと言えど竜族の一だぞ。
「や、やややっぱりぃ!?」
慌て出す少女と女将。
「まあ、怒らせたりしなけりゃ噛み付く訳でもなし、気にしなくていいよ」
―お前、何だか俺への扱いが酷くなってないか?
「気のせい」
―…ぬう。
「さて。それじゃ朝食をとったら早速行って来ようと思うんだけど」
「あ、はい。でしたら朝食を…」
あたふたと準備を始める女将。
俺はその後姿に、何となくお袋の背中を重ねていた。


砦は、成る程中々に堅牢そうではあった。
だが、あくまでそれは常識レベルでの話だ。
「…まあ、ダークエルフの襲撃なんて想定しても仕方ないだろうけどさ」
取り敢えず剣を砦に向け、ちょっと念じてみる。
―炎の弾。
刹那、巨大な炎の弾が刃先から発生し、砦へと飛んで行く。
爆音、そして衝撃。
「…うわあ」
砦の門、そして射線上の一角が炎の直撃を受けて爆砕した。
「大味だなぁ」
―念が漠然とし過ぎている。もう少し精密に意識を集中してくれ。
「とは言っても、俺には魔力の素養がないからなぁ」
どう言った事が出来るかの説明だけは道行きで説明を受けたのだが。
「ま、後は実地でどうにか慣れるしかないかな」
わらわらと出てくる武装した山賊。
実験台と言えば聞こえは悪いが、まあ社会の害悪だ。
「さあて、サラヴ。『俺達』の初戦だ。気合入れて行こうぜ!!」
―おう!!
景気づけに振り抜いた刃の軌跡を、炎がなぞった。

「く、黒い髪のエルフ!?」
ざわつきは一瞬だった。
町の広場にて。
長老からされた、突然の傭兵団―とは言っても、各々を雇っている為統率など無いような物だが―の解約発言。
傭兵達は驚くと共に、その理由を長老達に問い詰めた。
無論町の事が心配だったからではない。不当に用立てさせた自分達の『稼ぎ』が無くなるのが嫌だったのだ。
そういう意味では彼らも山賊と何ら変わりがなかった。
が。
話を持ってきた宿屋の娘の話を聞いて、いきり立っていた彼らの表情は一変した。
山賊ならどうにかなったかもしれない。だが、それがもし彼らの思ったとおりの存在だったとしたら、それどころではない。
「ダ、ダークエルフかっ…!?その男はっ!!」
「え?え?剣士さんは普通の優しいエルフさんでしたよ?」
「だが!!黒髪だったのだろう!?」
「え、ええ…」
詰め寄られた少女は、困惑をそのまま顔に貼り付けている。
「いいか!?ダークエルフってのはな!!全て黒髪なんだよ!!逆にエルフの中に黒髪は存在しない!!判るか!?余程の酔狂でもなきゃあ黒髪のエルフったら皆ダークエルフなんだよっ!!」
慌てた調子でまくし立てる傭兵。
「悪いが…、俺達はそんな化け物を相手にするつもりなんてないからな」
「…え?相手って」
「当たり前だ!?そいつは山賊を狩った後、自分がここを根城にするに決まっている!!」
「嘘!あの剣士さんはそんな人じゃない!!」
「そんなの演技に決まってるだろうが!!」
少女が傭兵に怒鳴り返し、傭兵が再び答え返した時。
凄まじい爆音が響いた。
「な、何だぁっ!?」
「始まったんだ…」
少女が山の方を見やる。
山賊の鬨の声が聞こえ。
同時に町中が慌しく動き出した。

「ふむ。大体慣れてきたかな」
―そうでなくては困る。
俺達の周囲には、襲ってきた山賊の凡そ八割の消し炭やら残骸やらが散乱していた。
つくづく凄まじい火力だと呆れる。
「…よし。最後に最大威力の一撃ってやつを見てみようかね」
―いいのか?山が吹っ飛ぶぞ。
「む…。それは困る、か」
さらりと危険極まりない発言をされる。
「ま、最大威力は後の為に取っておきましょうかね」
―そうした方がいい。
「はいよ」
「て、てめぇ!!一体何だ!?何者なんだよぉっ!?」
「デル・ヴァルガ・ラザム」
「でる…!?て、てめぇダダダダークエルフか!?」
「まあね」
バンダナを外し、耳を見せてやる。
蒼白になる山賊たちの、恐怖の視線を受け流しながら。
「さて、それじゃ逝ってもらおうかな?」
俺はサラヴを振りかざした。

町に戻った俺を出迎えたのは、剣呑な目をした戦士達と、脅えたような住人達だった。
「…?」
と、長老さんだろうか。矍鑠とした老人が俺の前に進み出てきた。
「山賊は、どうされた?」
「退治したよ。砦も半壊しちまってるけど、その辺りは諦めてくれ」
「おぉ…」
途端、住人達の雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
そこで得心する。俺がダークエルフだという事が割れたらしい。
「あぁ…、ま、黙っているつもりだったんだがな」
聞かれる前に、バンダナを外して耳を出す。
「俺はダークエルフだ」
ざわ。
村人達が緊張するのが判った。
「…おい、ダークエルフ。目的は何だ?」
背中に剣を提げた男が、低く声をかけてきた。
精一杯虚勢を張っているようにしか見えないのが哀れだが。
「別に」
「何?」
「ここに寄ったのは単に宿に泊まりたかったからで、他意はない。宿屋のお嬢ちゃんに頼まれなかったら山賊の事だって無視してた筈さ」
「…嘘をつけ。ダークエルフの本性は破壊と殺戮だろうが」
「全てのダークエルフがそうだ、って訳じゃないさ。俺のお袋もダークエルフだったが別に破壊衝動の権化だった訳じゃない」
「黙れ!そうやって隙を見せて俺達を皆殺しにするつもりなのだろうが!!」
「だから違う、っつーのに」
ここで俺が「そうだ」とでも言ったらどうするつもりなんだろうか。
と。
―おい、ヴァル。この無礼者を焼き捨てていいか?
「止せ。お前がそういう事を言うと場が混乱するだろうが」
唐突に俺の背後からサラヴが口を挟んできた。
「やはりそうではないか!!おい!コイツはこの町を滅ぼすつもりだぞ!!」
「あーもー…」
煽っているのは一人。賛同しているのは他の傭兵だけ。住人達は、俺の態度を意外とでも思っているのか、遠巻きにはしているが反応はしない。
「ふむ。剣士殿よ。貴方の本心を聞かせていただきたいのだが」
「別にこの町をどうこうするつもりはないよ。山賊退治は宿代の代わりって事でやっただけだし。別に町に入れない、ってならこのまま行くだけさ」
「…旅の途中か」
「そう。大体俺はア・ミスレイルに家も仕事もあるんだ。わざわざこんな所で長逗留する必要も意味もない」
「ア・ミスレイル…秘境かの?」
「こっちの連中からするとそうらしいね。亜人が平和に過ごすいい村さ」
「ふむ…」
「騙されるな長老!!こいつは凶悪で残忍なダークエルフだ!!」
こういう人間が居るから『外』のダークエルフがそういう道に走るのだろうな。
悪意に満ちた偏見。
判っていた事だが、ここまであからさまだと気に障りもする。
「…じゃあアンタは俺にどうしろ、って言うんだ?」
睨みつけて、問う。
「俺達がここで成敗してやるのさ!!」
言いざま、各々の武器を構える傭兵の皆さん。
「あー…、ダークエルフを殺した、って実績があれば確かに仕官の口は数多だよなぁ」
「判っているなら大人しくここで死ね」
「それはヤダ」
理不尽な事この上ないな、全く。
「そこまでじゃ、ユギア殿」
と、黙していた長老さんががなりたてる傭兵を止めた。
「何故止める!?」
「お主に非があるからじゃよ」
「何ぃ!?」
「この剣士殿はこの町を救って下さった恩人じゃ。しかしお主等は町の財を食いつぶす以外に何をしてくれた?」
ぐっ、と言葉に詰まる傭兵。
「この剣士殿を恩人として歓待する。町の長老として、これは決定じゃ。お主等は即刻荷物を纏めて立ち去られませい」
「貴様ぁっ!!」
激昂した男が、長老さんに向かって剣を振り上げた。
「長老!!」
見殺しには出来ないな。
「…そこまで、だ」
サラヴの切っ先を、男の喉元に突きつけて動きを封じる。
「なっ…!!」
「俺もそうだが、魔剣サラヴァラックは激怒している」
「サラ…ヴァラック?」
「なますに斬り刻まれて果てるか、猛竜の炎で消し炭になるか。選べ」
本当はこう言う脅しは好きではないんだけど。
―心配する事はない。焼却は一瞬だ。死んだ事にも気付かないくらいにな?
と、煽るようなサラヴの言。
「ひ―!?」
腰を抜かす傭兵。
「も、猛竜って言ったら南の…」
―その通り。
「て、てててめぇ一体何者だぁ!?」
「デル・ヴァルガ・ラザム」
「ラ、ラザム!?ま、まままさか『竜殺し』の―!?」
「倅さ」
「ひ、ひぃぃっ!?」
恐怖に引き攣った顔で一人、また一人と傭兵達が逃げていく。
「さて、残りはアンタだけだが」
残ったのは、切っ先を突きつけて、逃がさないようにしていた男だけだ。
「た、助けてくれ…」
「それを決めるのは俺じゃない」
長老さんの方に目を向ける。
「…こいつの処遇はアンタに任せるよ」
「良いのかな?」
「別に私怨がある訳じゃない。この町の理に従って裁けばいいさ」
「感謝しますぞ、恩人殿」
恭しく頭を下げてくる長老さん。
頭を上げて後ろを向き、
「皆の者!宴の準備じゃ!!」
大して大きくはない町中に、歓声が響いた。

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一方。
ここはエリュズニル。
一つのテーブルで豪勢な料理を囲む、五人。
「…出番、なかったね」
一人妙に沈鬱な表情のガルム。
「…何の話じゃ?」
「いや、何でも」
「???」
首を傾げる他四人。
何故だか判らないが、この日ガルムの表情が晴れる事はなかった。


続きます


 



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上記テキストは 2004年6月6日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
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