「…兄さん」
「…ユーヤか」
「はい」
暗い部屋の中で、エルフの男が作業をしている。
魔方陣の中に在るのは、一振りの剣。
「それが…暴竜の魔剣、ですか」
ユーヤ・フルタス。
目の前で怪しげな儀式を行っている男、ザジェ・フルタスの妹である。
「そうだ。これがあればギオルグ公は絶対無敵の君主となれるさ」
「…その為に、罪もない人間とその家族を絶望に追い込んだのですね」
ユーヤの目には非難の色しかない。兄の所業に憤っているのだ。
が。兄はそれを一笑に付す。
「何を戯言を。俺たちの里が人間どもにどのような目に合わされたか忘れたか」
「だからと言って…!ア・ミスレイルに住んでいるのは全て…!!」
「亜人と、それを受け入れた人間だと言うのだろう?そんな事は何度も言われんでも判っている」
「ならば…っ!!」
「そうだな。確かに奴の妻はダークエルフだった。倅も居たな?だが、だからどうした?」
「なっ…!?」
「俺たちには野望がある。世界を亜人の理想の世界にするという、な。それを果たす為の礎になるんだから、奴等も本望だろうさ」
「兄さん…。貴方は―」
「黙れ。とにかくお前はギオルグ公のご機嫌でも伺っていればいい。少しはその体を使うくらいして、な?」
「…私の体は私の夫となる人のものです」
「ならばそれはギオルグ公だ」
「違います」
やっと、ザジェがこちらを見た。
剣呑な目で睨み合う二人。
「…まあいい。とにかく作業は明日には終わる。我等の皇帝陛下にはそうお伝えしておいてくれ」
「…はい」
再び背を向ける、復讐に狂った兄の背を見て。
結局言い出す事は出来なかった。
―その家族に兄さんがした事は、私たちがあの時人間達にされた事と変わらないのよ?
と。
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サラヴァラックの武神
第十四話
「それでは、お世話になりました」
「いやいや。わし達こそ世話になった」
翌朝。
俺は町を出ることにした。
「この町は英雄デル・ヴァルガ・ラザムの話を後世まで語り継いでいく事を誓うぞ」
「そんな必要はないですよ」
苦笑する。
別に伝説になりたくてこんな事をした訳じゃない。
「それでは、失礼します」
町を出て、街道に出る。
「ほら、もういいだろう?」
俺は背後からついてくる気配に声をかけた。
「…やはりばれていたんだな」
ぞろぞろと物陰から出てくる五人の男達。格好から察するに傭兵の残りか。
「何か用?」
昨日俺を不当に責めていた中には居なかった連中だ。
宴では寄って来なかったが、どうやら真面目に治安維持に奔走してくれていたのだと、町民にはそう聞いていた。
「本当に…何もしなかったのだな」
「…だから言っただろう?全てのダークエルフが破壊と殺戮に狂っている訳じゃあないんだ」
「…済まん」
「いや。君達は町の人達を見捨てて逃げなかったからな。あの時の連中ほど腐ってはいないって事だろ」
「…俺達は町の人達を守りたかっただけだよ」
「それがいいのさ」
ちゃんとした職業倫理を持っている。
無論の事、傭兵には少ない。
そういう意味じゃ、彼等は傭兵として結構貴重な類だと言える。
「違う。俺達は…少なくとも俺は、アンタを信じてた訳じゃない」
加えてえらく正直な人だ。
好感を持つ。
「俺達の住んでいた国は、三年前にダークエルフに滅ぼされた」
「ほう」
だからか。俺を信じられなかったというのも納得する。
「ダークエルフに?」
「正確には、亜人の群れにだけれど」
「その中にダークエルフが居たのか」
頷く男。
「ダークエルフを王とする亜人の群れだったらしい。そこに居た一人のエルフに逃がしてもらったっていう家族が教えてくれたよ」
狂ったダークエルフを筆頭に、国を為すだけの亜人が集結している…という事か。
妙な事を画策しているのかもしれないな。
「結局そこに住んでいた中で生き残ったのはその家族だけらしいし、その王の姿をを見る事も出来なかったらしいが、ね」
「そうか…」
ふと、気になる。
俺達からリヴィアタンを奪っていったエルフの男。
亜人が国を為した其処であれば、何か手がかりが掴めるかもしれない。
「頼む。アンタに頼めた義理じゃないかもしれないが…、その王を殺してくれないか」
「ん?」
考えていた所に、頼みごとをされる。
「俺達じゃダークエルフには太刀打ち出来ない。傭兵をしているのは仲間を募って故郷を解放したかったからだ…けど」
その先は言わなくても判る。
どれだけの数が居ようと、人間では基本的にダークエルフには勝てない。
ディールさんのような超人が居ない事には、ただの肉の人型でしかないのだから。
俺に無策に挑まなかったのも、その辺りを弁えて居たのが理由だろう。
「判った」
受ける事にする。
行く必要は見出していたし、そういう事情を放ってはおけない。
「それで、其処はなんて国なんだ?」
「大陸の西方にある島、ユグドって小国さ」
とある、山。
そこを、片腕を失った青年が彷徨っていた。
「…伝えなきゃ…皆に…」
目は虚ろであり、その足取りは覚束ない。
「あいつは…魔王だ…」
傷口から流血はない。
残った方の手で押さえているその奥は、黒く焦げついている。
「早く…はやく…」
と、その体が何かにぶつかった。
だが、朦朧とした意識はそれを知覚させない。
「…伝えなきゃ…」
「もう大丈夫だ」
その『何か』、いや人影は、彼にそう告げた。
「ぇ…大丈夫…?」
「ああ」
「そう…か…」
それ以上何かを考える余裕もなく。
彼は意識を手放した。
それから十日後の、夕暮れ。
ノンストップで走りに走った俺は、やっとエリュズニールに戻って来た。
先ずはとにかく、覚悟を決める。
「…よし」
とりわけ普通に扉を開き、まずは挨拶。
「あ、ごめんねぇ、今日の仕事はもう―」
「ただいま戻りました」
と。
時間が止まった。
そこには唖然とした顔が、五つ。
「ヴァ…」
「ヴァルガぁっ!!」
誰より早く、抱きついてくる細身。
茶色い髪が胸元に縋りついてくるのを抱き締め、頭を撫でてやる。
一発殴られるくらいは覚悟していたんだけど。
心配かけてしまったんだなぁ。
「ただいま、イェリル」
少しだけ、反省する。
「おっ帰りぃぃっ!!」
「ただいま、ガルムさん」
「細かい挨拶はちょっと待ってて!!今からとびっきりの料理を作るからね!!」
「あ、はい」
ガルムさんはとても喜んでくれているようだ。
無事な顔を見せる事が出来て、俺も嬉しい。
「お帰りなさい、ヴァル。無事だったんですね」
「ええ、ただいま、ディールさん」
「それが『魔剣』とやらか?」
「はい。サラヴァラックです」
「ふむ、成功したんじゃな」
「勿論」
ディールさんとティタさんが、興味深げに後ろのサラヴを見る。
―…
サラヴも気を使ってくれているのか、言葉を発しない。
「お帰りなさい、ディールさん」
「あ、リザリアさん。ただいま帰りました」
と。
右頬に、強い衝撃。
「つ…!?」
「ヴァ、ヴァルガ!?」
「リ、リザリア!?」
「か、母様!?」
「ど、どうされたんですか!?」
驚く、皆さん。
だがリザリアさんは堂々としたもので、
「これは置いてけぼりを食らったイェリルさんの分です」
と述べられた。
「はい」
だから俺も素直に応じた。
痛かったけど、それは心配の裏返しだとわかっていたから。
「それと、私達に黙って出て行った分と、今日まで心配をかけ通した分も含んでいますからね」
「…はい」
でも、俺もそれを詫びたりはしない。
リザリアさんも、誰も、俺のそれを求めてはいないからだ。
だから俺は、
「…ご心配おかけしました」
ただ、頭を下げた。
続きます
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上記テキストは 2004年6月11日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
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