青黒い剣を持った王が、無感動な目でこちらを見ている。
ここは処刑場。
再会を喜ぶ暇もなく、下される死刑宣告。
枷を外され、告げられたのは。
「無様に足掻け、人間」
という、側近のダークエルフの侮蔑だった。
「では試し斬りと行きましょう、王」
「ああ」
それに応じた王が、無造作に剣を振るう。
一閃。瞬きする間に、氷の柱が一本、目の前に出来上がっていた。
その中には、胸元をざっくりと斬り割られた死骸が。
「ふむ。確かに『欠損』は少ない―」
「でしょう?これでしたら―」
会話の内容はよく聞き取れないが、取り敢えず生かしておくつもりはないらしい。
「くそっ…」
絶望が包む。ここでいたぶり殺されるのか、自分達は。
と、仲間の一人が、状況にはそぐわない程呆然としているのに気付いた。
「おい、どうした…!?」
「あ、あれを…っ!!」
視線を、彼が顔を向けている方へやると、首輪をつけられた女が一人、小柄な亜人にまたがってこちらを見ていた。
「あ、あああ…っ!?」
それはこの国に戻って来た日に、連れて行かれた仲間の一人。
二人、虚脱したような表情でそちらに走り出す。
が。
ふいに左腕に激痛が走り、意識が覚醒した。
「お…うぁっ!?」
思わず足が止まる。
見ると、無数の氷柱が左腕を貫いていた。
「ちっくしょ…!!」
回避は諦め、王の方に向き直る。
そして走っているであろう仲間に向けて、最後の望みを託す。
「俺が盾になる!!その間にお前はあいつを連れて逃げろっ!!」
「…無理だよ」
「無理なものか!!死ぬ気になれば…」
と、そこまで熱く吠えてから、気付く。
声はすぐ後ろから聞こえてきていた。
勢いよく、振り返る。
と、彼は両足を氷柱に貫かれ、立っている事も出来なくなっていた。
「っ…!!」
「…互いにこの状況じゃ、あいつを助けて逃げる事なんて不可能だ。だから―」
既に他の仲間も細切れに、或いは氷漬けにされて絶命している。
彼は諦めたようにこちらに掌をかざした。
「お前だけでも逃げろ」
「な―!?」
「…俺はもう動けないし、俺まで逃げちゃあいつも―妹も報われないだろ?」
「な、だったら俺も一緒だ!!俺はあいつの―」
「だからこそ、だ。今のここの狂気を、お前が知らせてくれ、誰かに…」
そんな会話をする二人の体を、青白い何かが駆け抜けた。
「あ―」
「ああああっ!!」
動かない左腕が、斬り落とされる。吹き出す、鮮血。
仲間は腰の辺りで真っ二つにされていた。致命傷だと、見ただけで判る。
「任せた―」
だが、最後の力を振り絞って発動した彼の魔術が、意識ごと自分の体をどこかに吹き飛ばした。
そして。
―目覚めたのは、どことも知れない山の中だった。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

サラヴァラックの武神
                      第十五話

エリュズニールの裏にある、工房。
ここ二日、俺はここに篭りっきりだった。
持ち帰ったミスリルとサラヴの皮を加工したかったからだ。
ガルムさんはとても快く工房を貸してくれた。
後で皆さんにもお礼をしないといけないな。材料は豊富だ。
取り敢えず最初に手がけたのは、師匠の名剣クルェ・スルス。
炉の火にはサラヴの炎を使っているから、ミスリルでさえ簡単に熔けてくれる。
それでも補修には一日半をかけた。
…サラヴの魔力のお陰でむしろ内包魔力が数十倍にまで膨れ上がったのは、まあ副産物と言う事で。
―配下の精霊混ぜておいたぞ。
とか何とかサラヴは言っていたが、聞かなかった事にした。
今からはそれ以外の鍛冶を始めるのだ。
ああ、鍛治士の血が騒ぐ…!!
「さって、やるかぁ!!」
―おう、頑張れ。
サラヴもサラヴで、楽しそうだった。

「ヴァルガったら、元気ねぇ」
ヴァルが着ていた制服を身につけて、まるで踊るように仕事をこなすイェリル。
心配事がなくなったお陰で体まで軽いらしい。
「…にしても、大丈夫かのう?」
「何が?ティタちゃん」
年が近い所為か愛情の対象が被らないからか体型で何か共通する悩みでもあったのかはたまた別の何かか。
ティタとイェリルの二人はひどく短時間でとても仲良くなっていた。
「早朝に工房に入ったと思ったら夜が更けるまで出てこん。あれでは体を壊すのではないか?」
「だいじょーぶ。『仕事』に入ったら大抵あんな感じよ?今回は気合入ってるみたいだから特に、ね」
「しかし差し入れくらいは…」
「あ、止めといた方がいいと思うよ?何しろ…」
―ぴぎゃー!!
と。裏口の方からガルムの悲鳴が聞こえた。
「あら、悲鳴」
リザリアのおっとりしたそんな反応。
「あ、ガ、ガルムさん!?」
慌てるイェリルとは対照的に、店員三名は落ち着いたものだ。
「放っとくがいい。あ奴は殺したって死なんよ」
この辺り、信頼なのかなんなのか。
「…あうぅぅぅぅ…」
戻ってきたガルムに、外傷はなかった。…頭がパーマになっていたこと以外は。
手にした盆には、黒い塊が三つほど。
「ドアが、ドアがぁぁ…」
何かに安心したのか、えぐえぐとやっと泣き出す。
「ドアがどうしたんですか?」
「工房のね?ドアをさ、開けたら、中から火が吹いてきたの…」
本気で怖かったのか、ディールの胸に縋り付いてしゃくりあげている。
「突然開けちゃうから…」
溜息をつくイェリル。
「どういう事じゃ?」
「ミスリルは魔力金属だから、魔力が逃げないように工房の中を魔力で満たして密閉しているんだけどね」
「そ、そうなの?」
「ええ。今は猛竜殿のお陰で火の魔力なんだと思う。工房内には指向性のない魔力が暴発しないように結界を敷いているから大丈夫なんだけど―」
と、言葉を切ってガルムを見る。
「そんな濃密な魔力が何の準備もなく外に漏れたら、そりゃあ火も吹くわよね」
「ふむ。どうせガルムの事じゃ。ヴァルを驚かせようと思っていきなり開けたのじゃろう?」
「うっ…!」
「あらあら。ティタちゃん。図星をクリティカルに打つものではありませんよ?」
「ガルム。ちゃんとドアは閉めてきたんでしょうね?」
四者四様の言いたい放題に、
「はうぅ…」
ガルムは再び涙を流し。
「という訳で、戻ってきた時の食事をボリュームアップした方がいいと思うわ」
「…りょーかいさ」
チリチリになった髪を梳かしながら、力なくイェリルの希望に応じたのだった。


晩。工房から戻って来た俺を迎えたのは、
「はい、どーぞ」
えらく豪勢な晩飯と、何故だか妙に不機嫌なガルムさん。
「いただきます」
理由はよく判らなかったが、とにかく食事開始。
「そういえばヴァルガ。今日は何をしてたの?」
「んー、クルェ・スルスの修理の仕上げ。と…あ、そうだ」
あまりに会心の出来だったので、万速してすっかり目的を忘れていた。
袋の中から、残りの半日をかけてつくった最高傑作を取り出す。
「これをガルムさんに差し上げますよ」
「これは…ブレスレットね」
「飾り付けにちょっとばかり梃子摺ったんだけどな。色々世話になったからお礼に」
と、ガルムさんに手渡す。
「グラウガン・ディルキノー直伝のミスリル細工です。…どうでしょ?」
「…わぁー、凄いね、これ!!」
「…ほぉ、見事なものじゃのう…」
「まぁ…」
女性陣は目をキラキラさせてそれに見入っている。
ガルムさんは早速それを腕にはめて、とても嬉しそうだ。
「気に入ってもらえました?」
「勿論さ!とっても嬉しいよ!!」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、花咲くような笑顔を見せるガルムさん。
「ヴァル」
「はい?何ですかティタさ―おわぁ!?」
俺の襟を掴み、ぐいぐいと締め上げてくるティタさん。
「…わらわには、何もないのかえ?」
笑顔ではあるが、目が本気だ。
「ああ、ティタさんのとりザリアさんのは、明日―っと」
解放される。
「うむ。ならば良いのじゃ」
「そうね」
視界の端に、包丁を握ったリザリアさんの姿が見えたようだったが、気にしない事にする。
気にしたら、負けだ。


翌日の晩。
「んじゃ、ティタさんにはこれ」
「おぉ!ネックレスじゃな。む、この細工…」
「リザリアさんにはこちらを」
「まぁ、イヤリングですね?細工はティタちゃんとお揃い?」
「ええ。ア・ミスレイルに住む霊獣の羽をモチーフにしたものです」
ガルムさんのよりもサイズが小さい分、気合を入れて施した意匠だ。
これで気にいってもらえなければ正直困る。
「見事よのう…」
「本当に」
うむ、二人とも喜んでくれたようだ。何より何より。
「そういえばさ、ヴァル」
「はい?」
「ミスリルの精製、って一体どうやるんだい?僕もクリエイターとして、一度は使ってみたい素材なんだけどさ」
「ああ、っと…」
聞かれるとは思っていたけれど、どう答えればいいか。
少なくとも、ミスリルの精製には適正があるのだ。
「あ、もしかしてグラウガンの技術は一子相伝なのかな?それならそれで僕は―」
「あ、いや。そんな事はないんです。ただちょっと、厄介な方法なんで…」
「ふむ?大丈夫さ。少しくらい梃子摺っても、是非会得したいねぇ」
ガルムさんの瞳は燃えている。
それだけの意思があるなら、大丈夫か。
「ではまず、熊を素手で殴り殺せるようになってください。ディールさんの技術では駄目です。あくまでその膂力で熊を打倒出来る事が最低条件ですね」
「「「「は?」」」」
これはイェリル以外の全ての人の言葉だ。
「それで、それだけの膂力を得られたら今度は岩石を素手―ああ、あくまで指と掌を使ってです―で、最低五百以上の欠片にまで分解します」
「えっと、あの、それはミスリルの精製方法だよね?」
「ええ。厳密にはその為に必要な身体能力の話ですが」
「身体能力…ですか?」
「ええ、鍛冶もまた肉体労働ですから」
「…はぁ」
釈然としていない様子の四人。
「それも可能になったら、後は大して必要なモノはないですね。エルフの魔法なんかで熱を遮断出来るなら、ガルムさんにも精製出来ます」
「…で、で。ハンマーは何製のモノを用意すればいいのかな?」
そろそろ察してくれたのだろう。大粒の汗を額に滲ませながら、ガルムさんが引き攣った笑みを浮かべる。
「素手です」
「「「す、素手ぇっ!?」」」
「あぁ、やっぱりぃ…」
しくしくと、涙を流すガルムさん。
「ミスリルはある程度の粘性と硬度を保った特殊な金属です。更にその価値は内部に魔力を内包する事でのみ保たれます」
「ほうほう」
「魔力がなければつまりある程度の粘性と硬度を保った、鉄よりちょっと丈夫なだけの金属に過ぎません。しかし魔力があれば、その魔力が保つ限りミスリルは不滅不損。…つまりは魔力を保たせる事がミスリルを上質な状態で仕上げる最低条件なのですが…」
「同じミスリルのハンマーを使っても反発力で魔力が逃げてしまうんだね?」
「はい。故にミスリルのハンマーで作った装備は武器としての寿命はながくて二十年。短ければ出来た瞬間に既に駄作として捨てられてしまいます。…無論鋼の武器よりは数段丈夫なんですが」
「それで、素手か」
「はい。本来なら魔力による熱のカヴァーも駄目だ、と言うのがグラウガン流の鍛冶術の基礎です。完全なる素手で熱に耐えることで、いつしかミスリルと熱を完全に支配出来るのですよ」
「それでヴァルは彼から免許を貰えたんだね?」
「ええ。俺には魔力がないので」
とはいえ。サラヴが炎を司る全ての存在の頂点に立つ神獣の一体だからか、俺は全く熱を苦にしなくなった。
まあ、それは言っても詮無い事だから口にはしなかったが。
「あぁ…、果てしないねぇ」
「無論熱のカヴァーの有無は大してミスリルという素材に害を与えないと言う事になってます。でも、世に出ているグラウガンブランドの出来が他のミスリル製品と何故一線を画すのか。理解して頂ければ幸いです」
「匠の業、って訳ですわね」
ほぅ、と溜息をつくリザリアさん。
「ふむ、これは是非大事にせねばならぬのう」
「そうして貰えると嬉しいです」
「むぅ…」
ガルムさんはその後も色々と考えていたようだったが、それに口を出すつもりはなかった。
鍛冶士は皆その伝えられたものと閃きで自らの技術を革新していくのだからだ。
さて、明日からは本格的に武器職人だ。


翌朝。
工房に入る前の俺に、ディールさんが話しかけてきた。
「あ、ヴァルさん」
「ああ、ディールさん。…何か?」
「一昨夜はティタ様とリザリア様がご無礼を…」
「ああ、いやいや。本当に昨日はそのつもりでいたのでご心配なく」
「それはどうも…」
深々と頭を下げてくれるディールさん。こちらは本当にそれほど迷惑を被った訳ではないのだけれど。
「今日からはディールさんへのプレゼントです。細かな細工より正直気楽ですがね」
「え?し、しかしそれは…」
「いや、サラヴと戦って熔けてしまったミスリルの再利用です。打ち捨てておくよりは出来れば有効に活用して欲しいですから…」
「…あ、そうですか…。それでは、お願いします」
「はい。ちょいと特別製にしますので、楽しみにしててくださいね」
「あ、え?」
それだけ告げて、俺は工房へと入った。
あの人には戦が似合う。
だから戦場に立て、と言うのではない。単にその為の心構えが出来るものを、是非とも近くに置いておいて欲しいというだけだ。
武人としてではなく、鍛治士としての俺の、ちょっとした希望と我侭だが。
「さ、始めますか」
俺は熱く焼けたミスリルに、硬く握り締めた拳を打ち込んだ。


更にそれから三日後。
俺はやっと『それ』を完成させた。
「ではディールさん、向こうの部屋に全部用意してありますから、着けてみてくださいね」
「あ、はい」
店の奥に入っていったディールさんだが、そちらに行って逐一説明する暇はなかった。
興が乗って、殆ど無休で働いていたから凄まじく腹が減っている。
今もガルムさんが出してくれる食事を、片っ端から胃の腑に納めている最中だ。
「それで、ヴァルガ?後ミスリルってどれくらい残ってるの?」
「んーと、ディールさんの装備で随分減ったからなぁ。俺のマントとバンダナの意匠に使って…、後一つ何か武具に転用出来るくらいかな」
冷静に素材の残量を分析する。
「じゃあさ、私にも何か作ってくれない?」
「ああ、そうか。…そうだな」
そう言えば皆伝を貰ってからこっち、イェリルに何かを作ってあげた事がない。
弟子として修行していた頃には鍛錬を兼ねて作ったものを上げていたものだけれど。
「おっけ。それじゃ明日以降になるけど、待っていてくれるか?」
「もちろん」
と。
「お待たせしました…」
俺の用意した装備をあらかた装備したディールさんが出てくる。
「おぉ!!」
「これは…凄いね」
「見事に男ぶりがあがって見えますねぇ…」
「また気合いれたわね、ヴァルガ」
四者四様。だが皆驚いてくれている。
「あ、済みません。この三つはつけ方が判らなくて」
と、テーブルの上に置かれる小物。
「ヴァル。してこれらはどのような効果があるのじゃ!?お主の事だからかなり手を加えたのであろ?」
「はいはい。それじゃ順を追って説明しますよ」
うずうずしているのはティタさんだけではないようだ。
取り敢えずファッションショーも兼ねてどんなものか説明しておこう。
「まずはイグニート・ヴァンヴレイス。高位の炎の精霊がこもっていますからその魔力は基本的に無尽蔵です。また、その内側に張られている皮はサラヴの抜け殻から採取した皮をなめしたもので、非常に高い衝撃吸収力を秘めています。ダークエルフの拳だって軽く受け止められますよ」
「うっわ…」
驚くのはガルムさん。
「次にそのレザーアーマーですが、各関節の接続点にミスリルを使用している他は、全てサラヴの皮と鱗を利用しています。物理的なものに加え、かなりの魔力反発力を秘めていますので魔術師を相手にしても平気ですよ」
「…それは凄い」
感嘆の声を上げる、ディールさん。
「その二つさえあればこの町程度の規模ならその身一つで護れる事を保証しますよ」
「それでそれで、ヴァル?これは何なのじゃ?」
目を輝かせて、ティタさんが取り上げたもの。
「あ、それは僕も気になっていたねえ。一体これは?」
それは一見するとただのミスリルの板。片側に何かをはめ込むような窪みをつくってあるが、それだけだ。
「ふっふっふ。それこそ今回の目玉とも言える傑作です」
「あら」
「ディールさん。拳を握ってみてください」
「はい。こうですか?」
素直に右手を握りこんで見せてくれるディールさん。
そこに板をはめ込み、
「それでは皆さん。表に出ましょう」
俺は笑みを浮かべて皆を促した。


続きます

--------------------------------------------
上記テキストは 2004年6月25日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘