彼は、探している。
大切な、ものを。
それ以外の全てを取りこぼしながら、身を包む憎悪の果てにそれが見つかると信じて。
根源にあるのは、大切なものへの狂おしいほどの慕情。
そして、それを奪った―それだけは魂に刻まれる程に覚えている―人間への、狂的な憎悪。
刻み、潰し、抉り、壊し壊し壊し。
その悲鳴と怨嗟の向こうに、ほんの微かだが見える『何か』。
憎悪の魔王、デル・ギオルグ・ダ・ウィーレンクラウス。
彼は最早、何故自分が王と呼ばれるのかすらも覚えてはいなかった。

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サラヴァラックの武神
                      第十七話

来客は、翌朝に来た。
薄い水色の髪、人間離れした中性的な美貌。
「いらっしゃいませ、お客さん」
ディールさんが応対する。
「や、度々失礼しますよ」
どうやら常連さんらしい。
だが、脳裡に鳴り響く警鐘は、彼が人間ではない事を克明に俺に告げていた。
「貴方は…」
「やあ。君がデル・ヴァルガ・ラザムだね?」
「ええ」
「サラヴは何処だい?」
「何故、それを?」
「見ていたからさ。上空から、弟と一緒にね」
「弟?」
「自己紹介が遅れたね。私の名前はバルクート。君達からしたら天竜と名乗った方が判り易いのかな?」
「!!」
全員の表情が凍りついた。
…いや、ガルムさんだけは違ったようだが。
何より、先ずは。
「俺、サラヴを連れてきます」

―長兄。こんな所に何の用だ?
連れてきた直後のサラヴの一言に、
「こんな所とはひどいなぁ…」
「おいおい、ここは私のお気に入りの店なのだよ?」
ガルムさんと天竜殿が反応する。
―それで、用件は。
「…サラヴ。用を急かすのは君の悪い癖だね。先ずは彼を紹介しよう」
と、俺が奥に引っ込んでいる間だろう、店に増えていたもう一人の来客の方を向く。
「彼を紹介しに来た。彼は―」
「ダークエルフッ!!」
と、こちらを見た来客―隻腕の男性―が、恐ろしいほどに殺意のこもった目で俺に飛び掛ってきた。
「うわ!?」
掴みかかってくる彼の動きをかわしながら、天竜殿に問う。
「て、天竜殿、こちらは?」
「…バルクだ」
「はい?」
「私の事はバルクと呼んでくれないか?」
「わ、判りましたバルクさん。それで、こちらは?」
「ああ、彼はね」
と、天竜殿改めバルクさんは、俺に掴みかかってくる彼の肩を優しく押さえると、
「落ち着きたまえ」
「黙ってくれ!!こいつは!こいつらは!!」
「全てのダークエルフがあの魔王の身内ではないのだよ」
「…だが!!」
「ならば話が終わるまで、少々待っていてくれないかな?」
「…判った」
歯を軋らせながら、呻く男性。
「彼の名はリュッソ。西方の小国ユグドを故郷とする冒険者の一団のリーダー格だ」
「ユグド?」
「そう。先日亜人の軍隊に滅ぼされてしまってね」
「なっ!?」
亜人、というバルクさんの言葉に、含むところを感じる。
「つまり、その中にリヴィアタンがあると?」
「リヴィアタン!?」
その言葉に反応するリュッソ氏。
「ああ、君にも紹介しておこう、リュッソ。彼は―」
「…俺の名前はデル・ヴァルガ・ラザム。暴竜リヴィアタンを一振りの剣に封じた、『竜殺し』アデュ・ラザムの息子です」
引き継いで、名乗る。
「竜殺しの…息子が」
「ええ。母がダークエルフでしてね」
「…アンタは、人間を襲わないのか?」
「全てのダークエルフの手が人の血に染まっているとは思わないで欲しい」
故郷には人なんて殺した事もないダークエルフが山ほど居る。
…俺は、違うが。
「悪かった。…故郷と仲間を滅茶苦茶にしたダークエルフが憎くて、な」
「いえ。気にしてませんよ」
「そうか、ありがとう」
そこでリュッソさんはふう、と一つ息をついた。
「無事に仲直り出来たようだね」
「バルクさん」
「では、リュッソ。君の見た状況を教えてくれるかな?」
バルクさんの促しにコクリ、と頷き、話し始めるリュッソさん。
「俺達はユグド出身の者が半数以上を占める庸兵団だったんだが…」
リュッソさんの話に拠ると、最近になって偶然、酒場でユグドが亜人の軍隊に制圧されて人間は殆ど生き残っていない、という話を聞いた。
状況を聞いた彼等は血気に逸っておよそ十年振りにユグドへと向かったのだが、圧倒的に人数で優る亜人の軍に歯が全く立たず、捕えられてしまったのだそうだ。
「俺達は処刑される事になった」
恐怖からか、怒りからか、能面のような表情で身を震わせるリュッソさん。
「…刑場では、王と呼ばれたダークエルフが氷を噴く剣を振るった。俺は仲間の魔術で何処かへと飛ばされ―」
「それを私が救出した、という訳だね」
締めくくったのは、バルクさん。
「氷を噴く剣、ですか」
「ダークエルフが魔法を使うとは考えにくいからね。恐らくそれがリヴィアタンだろうと思うよ」
「ふむ…」
「案内はリュッソにさせようと思うんだけど、その前に」
と、バルクさんはテーブルに荷物をドン、と置く。
「これは?」
「仕事の依頼さ。このミスリル塊を加工して欲しい」
「構いませんよ。それで、何に?」
「おや?いいのかいヴァル?」
これはガルムさん。心底意外そうに聞いてくる。
「ええ。たった数日では奴も逃げないでしょうし、別段俺は復讐をしたい訳ではないですからね」
俺はただ、親父の尊厳を取り戻したいだけだ。
「取り敢えずは二件ほど先約が入っているのでそちらを優先しますけど、ご所望の品は何ですか?」
「義手を。…リュッソの失われた腕を補填する、最高の義手を頼むよ」
その言葉を聞いて、俺は得心した。
「承りました」
血の繋がりはないかもしれないが、この方は確かにサラヴの『兄』なのだと。

 

 


続きます


 



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上記テキストは 2004年9月10日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘