―おい、ヴァル。
「ん?」
―ユグドの話…、知っていた筈だな?
「ああ」
工房。
ある程度の工程まで済ませたところで、サラヴが話しかけてきた。
「これで手間が省けた、ってとこだな」
―ふむ?
「ユグドのダークエルフに関しては元々リヴィアタンの話とは無関係だっただろ?」
―ああ、そうだな。
「もしもそこのダークエルフを『助けてくれ』って依頼だったら、同義的に受けられない話だったからな」
―成る程。
「俺は…、秘境の外でダークエルフがどんな扱いを受けてきたのか、いくつも見てきたよ」
―…ほう。
「狂うにも狂うで理由があるのさ。憎しみの連鎖、とでも言えばいいか?」
ダークエルフが起こした凶行。
生み出される人間の憎悪。
ダークエルフの血脈へと叩きつけられる人間の怒り。
狂気を伴って覚醒する黒い血。
「少しずつでいいんだ。ダークエルフの人間とのつながりを、もう少しいい方向に向けていきたい」
―俺も、力を貸そう。
「ありがとよ」
だが、俺は口には出来なかった。
それはつまり、一部の仲間から同族狩りと罵られる事を覚悟するのと同義だという事を。

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サラヴァラックの武神
                      第十八話

「バルク殿」
「ん?」
ヴァルが工房で作業に勤しんでいる頃。
「何故我々までこんな事を?」
「そりゃ、当然だろ?一応居候させてもらっている身だ」
客のあらかたはけた店内で、あたふたと掃除をする二人の客。
「では何故わざわざここで義手を作ってもらおうなどと」
「それはほら、前にも言ったろ?君には見届け人になって貰わないといけないからさ」
「…それがこの件とどう繋がると言うのです」
「亜人の軍隊と戦って、生き残る為には必要だろ?」
「は?」
亜人は基本的に人間より戦闘能力が高い種族が多い。
もしくは専門的な部分に特化して優れている。
人類が淘汰した多くの亜人の中には、数の原理でようやく押し潰したものも数居る。
「君には助けたい女性が居る筈だ…違うかな?」
「え、それは…」
正気を保っているのだろうか。
それどころか、生きているかすらも判らない。
「戦争状態の連中の中に飛び込んで、人を探そうと言うんだ。人間の埒を外す程の強さが必要だとは思わないかね?」
確かに。
「彼の使う技法もだが、サラヴが込めるだろう精霊の力は間違いなくその義手を伝説級の武装に生まれ変わらせてくれるだろうからねぇ」


「出来ましたよぉ」
バルクさんが来て三日目。
取り敢えず全ての作業が終わり、俺は工房から出た。
「まずはこれだ、イェリル」
「わぁ…。これ、綺麗ねぇ」
装飾を施した細剣。
イェリルは弓技よりも剣技にその適性を発揮する。
だからこそのチョイスだ。
「切れ味はサラヴにも劣らんよ。手数で斬り刻むタイプだな。大事にしてくれ」
「勿論!!」
「で、これがリュッソさんの義手です」
今度はリュッソさんに包みを渡す。
「肩口から、という事なのでちょっと梃子摺りましたが…、満足して頂ける出来だとは思いますよ」
「ええ、まあそれはもう」
ゆったりとした手つきで、義手を腕に当てるリュッソさん。
「…え?」
驚いている。
「どうしました?」
「…いや、留め金とか…」
「ないですよ」
それはもう気合を入れて作ったのだ。そんな余計なモノはつけない。
「これでもア・ミスレイルの鍛冶師が作った代物です。付けた瞬間にリュッソさんと一体化していますよ、もう」
「い、一体化!?」
これには一同が驚く。
「取り敢えず、貴方の意思次第で完全に動きをトレースしますし、貴方が亡くなるまで絶対に外れません」
「…はい?」
「戦ってる最中とかに外れたら困るでしょう?」
「え、あ、まあ…確かに」
「と言う訳で、貴方の人生が終わるその瞬間まで絶対に外れたりしませんよ。ご安心あれ」
「…あ、はは。はい」
リュッソさんは半ば呆れたようにそう返してきた。
「ではこれで準備が完全に整った訳だね」
バルクさんの言に、
「はい。明日、ユグドに向かいます」
俺は大きく頷いた。


「なあ、イェリル」
「なに?」
エルフは長寿だ。
だからエルフと人間が結婚する事など、ア・ミスレイルでさえ殆どない。
俺がダークエルフとして覚醒していないうちから、イェリルは俺を愛してくれた。
エルフの成長は早い。
十年程度で成熟し、それから永遠にも近い寿命が続くのだ。
それでも俺を最初の男としてくれたのはとても嬉しかった。
今、俺はダークエルフとしてイェリルと同じ時を歩めるようになった。
だから。
俺は懐に隠していた「切り札」を取り出した。
「…あのさ…これを」
「これって…」
真紅の宝石を飾った指輪。
「フレアルビー、と言うらしい。…一応プロポーズのつもりだ。受けてくれないか」
「ぷろぽぉず…」
ミスリル粒に飽和する程の魔力―この場合は炎の魔力だが―を注ぎ込むと、融解して宝石として再構築される。
これがその、結晶だ。
「ヴァルガ♪」
ぎゅ、と抱きついてくるイェリル。
狂う前のお袋と親父。
そんな関係になりたい。
「親父の剣を取り返したら、里に帰って結婚しよう」
「うん!!」
これで本当にもう遣り残した事はない。
明日、俺は魔都へと向かう。

 

 


続きます


 



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上記テキストは 2004年10月8日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘