「さて、と」
朝。
昨夜の余韻は体の奥にまだ残っているが、不快じゃない。
ベッドにうつ伏せで寝ている裸のイェリルを起こさないように降り、
―昨夜はお楽しみだったなぁ?
「うっせ」
オヤジじみた事を言うサラヴを蹴る。
「全く。下ネタは品性を損なうぞ」
―やかましい。俺だって我ながら柄にもないって思ったわ。
「あんまり世俗に毒されると取り返しつかないぞ」
何となくガルムさんの姿が脳裡に浮かんだ。
「ま、いい」
さかさかと着替えを済ませ、先だって拵えたバンダナを額に巻く。
「待ちなさい、ヴァルガ」
がし、と掴まれる俺の服。
「私『達』を置いていこうとか、考えてたりはしないでしょうねぇ?」
ドスの聞いた声で、ベッドの中からこちらを見るイェリルの顔は―

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サラヴァラックの武神
                      第十九話


ダークエルフは魔法を使う事が出来ない。
それは定説であり定義の一つであり、また定理である。
だが、例外が無い筈のその定理を覆す手段もまた存在する。
「サモン…!!」
巨大な剣を振りかざすヴァル。
その刀身が炎を纏い、その呼吸に呼応するようにその量が増していく。
「サラヴァラック!!」
咆哮が空気を震わせ、刹那。
刀身から噴出された炎が、巨大な竜の姿をとった。
軽い足取りでその頭に乗る。
―これはヴァル専用だ。ついて来たいなら止めはせんが、手段は自分達で用意しろ。
単なる炎の塊である筈が、羽ばたくと本当に空に浮いていく。
「わぁ!待って待って!!」
ガルムが慌て、
「バルクさん?」
完全武装のディールがバルクを促す。
「了解。ウィアー!!」
バルクが空中に声をかけると、
―はいはい!!ああもう竜使いが荒いんだからよ…ってうわぁ!!
凄まじいスピードで飛来してきた竜が、同じだけのスピードで飛び去ろうとする。
「おいおい」
―な、なななんで兄貴が居るんだよ!?
―居るからだ。何か文句でもあるのか?
―い、いえいえいえいえめっそーもない!!兄貴の事が怖くて恐ろしくておぞましいなんて事は全く!!
―…あのなあ。心配するな。これは炎に魔力を投射した魔力体だ。
―そ、それならまあ…。
「じゃあウィアー。私達をユグドまで送っていってくれ」
―こりゃまた大人数だ…な……。
こちらを見て、絶句する竜。
「や、ウィーヴァー。久しぶりだね」
にこやかなその挨拶に、
―ガ、ガガガガガガルムゥッ!?
哮竜ウィーヴァーは絶叫した。
「じゃ、まあ安全運転で頼むよ?」
―ま、まさかコイツも乗せていけ、って言うのか!?
―何か問題があるのか?
横合いから、サラヴの問い。
―オレはヤだぞ。こんな危険な奴を乗せて空を飛ぶのは金輪際御免だ!!
何か恐ろしい記憶を振り払うかのように首を振るウィーヴァー。
「…何をしたんですか、貴女は」
「あ、あはははは…」
乾いた笑いを漏らすガルム。
「仕方ないなぁ…」
溜め息をつく、バルク。
と、次の瞬間、
―この姿になるのも五百年振りかな。
青年は金色の翼をはためかせる、巨大な竜に変貌した。
「…あはは、悪いね、バルク」
―…何もするなよ。
「ぐう」
バルクの背に乗る、ガルム。
それにリュッソが続く。
そしてもう一方。ディールがウィーヴァーに乗ろうとすると、
「わらわも行くぞ!!」
「ちょ、ティタ様!?」
「何じゃ?わらわとて自分の程度くらいは弁えておるわ。極力戦闘は避けて裏方に徹すると約束しようぞ」
「…」
「…あそこに生きている人間が居るならば、わらわは一人でも助けたい。…その想いは、間違っておるかや?」
「判りました。ティタ様は私がお護り致します」
「うむ、任せたぞ」
ディールは一旦降りてティタを抱えると、今度こそウィーヴァーの背に乗った。
最後にイェリルもウィーヴァーに飛び乗り、
「リザリア。留守は任せたよ」
「はい。御武運をお祈りしておりますわ」
三体の竜は飛び立った。


空が、青い。
だが、この日。何の気なしに空を見上げた大陸中の人間の一部が。
そしてそれに促されて空を見上げた多くの人間達が。
それまで半信半疑だった、伝説の存在を信じた。
三体の竜が、凄まじい速度で天を翔け抜けていく様子。
それは競争なのか、それとも急行なのか。
その一幕は様々な噂と推測を呼び、そして。
数年後、ある男の言葉によって、結論付けられるのである。


「…あの島か?」
―らしいな。
先行するウィーヴァーが滞空する場所。
その見下ろす先には、一つの島が。
―ヴァル。お前には『俺』を扱う手段を全て託してある。切り札も、奥の手も、だ。
「ああ」
―お前は…最早『秩序』の一翼、『混沌』を統べる神獣だ。『神獣』より優先する要素は世界には無い。それを弁えておいてくれ。
サラヴの、掛け値なしの、思い。
その内容は、ともかく。
「俺は負けないさ…サラヴ。必ず生きてここから帰る」
―それでいい。
ぶっきらぼうだが、俺を案じてくれている。
「そして必ず、皆で生きてここから帰ろう」
―…そうだな。長兄もガルムも在る。お前の仲間を死なせる事はまずないだろう。
「では、ここからは別行動だ!!健闘を祈るぜ!!」
俺とサラヴ、そして最後尾を飛ぶバルクさんが追いつき、
「さ、行くか…相棒」
―おう。
俺は意識を、島の中央に悠然と建つ宮殿へと向けた。

 

 


続きます


 



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上記テキストは 2004年10月11日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘