ユグド宮殿。
翼を持った獣人が、宮殿の見張り台に立っている。
彼の不幸は、敵対勢力が空から現れる筈がないと言う先入観にあった。
不自然な明るさを感じ、彼が視線を上空に上げた時には、もう―
視界一杯に広がる巨大な炎の塊が、彼の瞳を灼いていた。
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サラヴァラックの武神
第二〇話
目の前の全てが吹っ飛んだ。
宮殿の一角を盛大に破壊…と言うか、文字通り爆砕したサラヴの魔力体。
その威力は、まさに凄まじいの一言だ。
「すっげぇな…」
小高い丘に建てられた宮殿。なまじ巨大なだけに、全損は一割といった所だろうが。
爆発は丘の一部まで完全に削り取り、俺はその最下である地下に立っていた。
「…地下、でいいんだよな?」
何せ背後は外だ。一応横を見ると土壁が出来ているので、地下なのだと判るが。
「…で、地下は捕虜…つーか…」
溜め息。
爆風で押しやられてもなお感じる異臭。
男、女。
所々氷の柱が立っているが、他は腐りかけた死体や、鎖に繋がれた骨。
そして。
「…人間の少女を思うままに犯している獣人亜人の群れ、と」
溜め息混じりに、呟く。
「侵入者だ!!」
わらわらと、裸のまま武器を携えて集まってくる亜人達。
―で、こいつらの処遇は?
「滅ぼす」
―了解だ。
腰をわずかに落とし、サラヴを振り抜き易い姿勢を作る。
一閃。
ぶわ、と。
四方から煙が上がった。
斬り裂いた傷口が、同時にサラヴの高熱に焼かれたのだ。
―ヒート・ペイン。激痛に狂い死ね。
サラヴの言葉も怒りに満ちている。
「…さ、次は誰だ?」
と、俺の前に出てくる三体の亜人。
「へぇ…オーガどもか」
オーガ。食人鬼。
文字通り他の種族を捕食する亜人で、エルフやダークエルフを含むあらゆる亜人から敵として認識されている。
ア・ミスレイルにすらオーガだけは存在しない。
元々が少数しか生息していない種族だが、それでもダークエルフと並んで人間からは忌避されている。
「人間を食う許可を出された代わりに他の亜人を食うな、とでも言われたか?」
「…そノ通りだ」
持っている武器は棍棒と斧。どちらも膂力がモノを言う武器だ。
オーガの腕力はダークエルフの平均と同等か、およそそれ以上。
そういう意味では、オーガ三体というのは危険ではあるのだが―。
「ゲァァァァァッ!!」
振り下ろされる棍棒を、難なく斬り払う。
サラヴの発する高熱が、棍棒の柄まで溶かし尽くす。
「ひぃ!?」
体を一回転させて、目をつけたオーガの頭上から股間へ、真一文字に斬り下ろす。
一瞬の虚をついて、返しの一撃で隣のオーガを斜めに斬り上げ、転身。
反応した最後のオーガの、それでも充分隙だらけの喉笛に、サラヴの刃身を突き刺す。
それらが一瞬で火に包まれるのを見た、亜人の表情が凍りついた。
「き、貴様一体…!?」
「デル・ヴァルガ・ラザム。そして―」
―その相棒たる、魔剣サラヴァラック。見知り置け、亜人ども。
「だ…ダークエルフが…魔剣…魔剣を!?」
最前列の数人が逃げようとし、
「どけ!!邪魔だっ!!」
一気に人垣が壊れた。
「じょ、冗談じゃねぇ!?」
「上だ!!上に戻って戦争の準備だっ!!」
「隊長に報告を!!」
「させると、思うか?」
逃げ場を塞いで立ちはだかる、俺。
その過程で、半分程度は消し炭だ。
「さあ―」
サラヴの高熱が、連中の姿を揺らめかせる。
「吹き飛べっ!!」
「何事だ!?」
ザジェが研究室から飛び出した時、既に城内の亜人は戦闘準備を開始していた。
「西棟の一角が全壊しました!!」
「な…」
絶句する。
無理もない。そのような破壊能力を持つ存在が、大陸にどれだけ存在すると言うのか。
「りゅ、竜でも襲ってきたと言うのか…っ」
苦い顔のザジェだが、彼もまた行動を開始していた。
「このような時にっ…!!まあいい、今回の研究結果を試す良い機会か。…いざとなればハウンティムも居るしな」
戦闘準備を始めるザジェに、かけられる声があった。
「兄さん」
「…どうした、ユーヤ」
「来ましたね、報いが」
「何だと?」
「貴方の夢は、ここで潰えるでしょう」
「馬鹿な事を。ギオルグ公と俺が在る限り、亜人の楽土を作る事は不可能ではない」
「そうですか」
「俺が戻ったら、お前はギオルグ公の妻となれ」
「…いいでしょう。しかし兄さんが負けたら、私は兄さんに勝った御方について行きます」
ユーヤは静かにそう告げると、しずしずと自分の部屋へ戻って行った。
「ふん」
ザジェはそう鼻を鳴らすと、またいそいそと準備を続けた。
「ここで最後か」
最後の地下牢。
最初に救出した女性達の話を聞き、その上で地下の構造に明るい亜人を一人捕まえて案内させたのだ。
「あ…あなたは…?」
「あんた達を助けに来た。この城に監禁されているのはあんた達で最後だ」
「あ、有難う…」
「早く出るんだ。外に俺の仲間が居る」
鍵を破壊すると、生き残りがゆっくりと出てくる。
「階段からは出るなよ?西の牢に巨大な孔がある。そこから出るんだ」
ぞろぞろと出て行く彼等は、俺に興味を向ける事はない。
「…さて。やっと気兼ねなく暴れられるな」
「な、なあ!!お、俺だけでも助けてくれよ!!きょ、協力しただろ!?な、な!!」
と。腕を極めて連れまわした亜人が命乞いをしてきた。
「惚けるなよ、亜人」
ドン、と部屋の中央に押しやり、切っ先を向ける。
「ひ!?」
「例外はない。この現状を作り出したお前達を許す理由も、な」
「た、頼むよ!!何でもする!!ここの構造を全部教えるからさぁ!!」
「必要ない」
「な…何でだよ!!」
「この宮殿は直に完膚ない位に崩れて消えるからな」
「あ、あああ…」
「皆殺しだ」
ヴァルが開けた孔から流れていく人の波。
着ているものはぼろ布か、それとも裸。
その流れが途絶えた頃。
城から出てくる亜人の群れがあった。
「まずいね…」
「ですね。とにかく彼等を落ち着かせて逃げる場所を用意しないと」
「ふむ。では僕達は彼等を落ち着かせる役に徹しよう」
―逃げる場所はどうするんだい?
「…孤島だからね。船でもあればいいんだけど」
「一応港は整備されているみたいでしたが…」
―ふむ。ならばウィァーの上に居るお嬢さん方に頑張ってもらおうかな。
「そうだね?…ん?リュッソ?」
話をつけたガルム
「あれは…!!」
飛び降りるリュッソ。止める暇もない。
「わあ!?」
驚いて追いかけようとするガルムだが、リュッソが誰かと見詰め合っているのが見えて、何となく二の足を踏んでしまった。
―恋人たちの出会いを邪魔するのは野暮だよ。
「判ってるさ。では僕達は彼等の案内でもしようか」
―そうだね。
す、と反転するバルク。
ガルムが逃亡する生き残りの先頭辺りに飛び降りたのを確認し、
「ま、ここまで関わった以上、私も手伝うべきかな」
バルクもまた人の姿に戻った。
飛び降りたリュッソの目の前に、一人の女性が立っている。
こちらを見詰めるその目は、悲しみと、少しの喜びを湛え。
「生きていて…くれたんだな」
「…何で、何で戻って来たのよ、リュッソ…」
「お前を助ける為だ」
「馬鹿…汚された私なんか…放っておいてくれて良かったのに…」
泣き崩れる女性を、抱きとめるリュッソ。
「馬鹿言うな」
「あ…あああああああああああああああああああああッ!!」
リュッソの胸で、彼女はやっと泣き喚く事が出来た。
「ティタ様。港に下りて船を調達しておいてください」
「ふむ…判った。ウィーヴァー殿。ニ人を下ろしてわらわを―」
―いや、行くのはディール君だけ。…そうだろう?
「ええ。イェリルさんはティタ様を手伝って差し上げてください」
「判ったわ」
イェリルも愚かではない。
自分が居てはディールとリュッソが本気を出せないと判っているのだ。
それだけの力を込めて、ヴァルはディール達の武器を作り上げた。
それに、港には恐らくある程度の亜人が集まっている筈だ。
集落を作ったのではなく、国を乗っ取ったのだ。他国に攻め込むつもりなのは間違いない。
「良いのか?」
「私の役目はヴァルガの憂いを無くす事。貴女もそうでしょう?ティタさん」
「そうか…。そうじゃの。必ず戻ってくるのだぞ、ディール!!」
「勿論です。…はっ!!」
低くはない高さから、飛び降りるディール。
逃げる女性達を誘導しつつ露払いをするガルム。リュッソの姿は女性達の中に隠れてよく見えないが、どうやら先頭に向かっているらしい。
ならばディールの役目は、迫ってくる後発の追っ手から逃げる島民を護る事。
通り過ぎていくガルムと女性達。
「頼むよ、ディール」
「そちらも、ガルム」
「済まない、任せる!!」
「ガルムを頼みます!!」
「おう!!」
走り去っていく足音と、こちらに向かってくる多数の音。
そちらに向き、構えを取るディール。
「さあ、来なさい!!貴方達のたった一人さえ、ここは通しませんっ!!」
宮殿一階。
「…豪勢なお出迎えだ。嬉しいねえ」
俺達を見止め、俺に向かってくる亜人の群れ、いや軍勢。
―お前の家に現れたエルフはここに居るか?
「いや…居ないな。居ないでおいてくれた方が好都合だけどな」
―何で。
「気付かない内に斬り伏せちまったりしたら後味が良くないからな」
サラヴを持つ手に力を込め、俺は声を荒げた。
「とはいえこいつらを手加減して斬ったら何人か逃がしちまうかもしれないだろ?」
―成る程ね。じゃ、まあ…
「本気で」
―行こうかぁ!!
サラヴの猛りが炎に変わった。
続きます
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上記テキストは 2004年10月13日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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