ぐちゃぐちゃ。
何かをかき混ぜるような音が響く。
玉座に座り、感情のない瞳で右手を動かす王。
「あ…あああ…あぐああああああ…」
少しだけ何かにつかえたのか、一瞬の溜めの後にぐり、と動かす。
「ひぎぃ!!」
声の主は女。
王の眼前に吊るされる彼女の目に、殆ど正気の色はない。
当然だ。
ぐっ、と王が手を動かす。
「うああああ…」
漏れる吐息は、全て苦痛。
無理もない。
吊るされて、その女性は―
「…ふん、悲鳴が褪せて来たな」
王の手で、その肉を毟り取られていたのだから。
「…あの日のコエはもっと悲しかった」
すっ、と王は左手を横に伸ばした。
床に無造作に突き立てられた長剣を掴み、横薙ぎに払う。
ぶしゃあ、と湧き出す鮮血。絶命する、女。
「…熱い…が、まだまだだ」
血を浴びながら、怨嗟の声を耳の奥へと流し込みながら。
「…あの日感じた熱は、こんなに生温くはなかった」
虚ろな目を、天井に遣る。
「…嗚呼、私は…」
刃から漏れ出す冷気が周囲を冷やし、女の死骸から熱を奪う。
「一体何を求めているのか…」
死んでいるのは、女性だけではない。
「何故こんなにも狂おしいのか…」
老若男女、何の区別差別もなく、毟り取られ、斬り刻まれ、その屍を晒している。
「何故こんなにも、人間が憎いのか…」
魔王。
死と氷に包まれたその玉座に座り、自問を続ける彼の前に。
また一人、差し出される生贄が―
「ああ…貴様を殺せば…私は思い出せるだろうか…」
「ひ、い、いやだあああああああああああああああああっ!!」

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サラヴァラックの武神
                      第二十一話

「…全然疲れない…か。流石、猛竜殿の力を得ているというだけの事はありますね」
言い様、襲い掛かってきた亜人の一人に拳を打ち込むディール。
「ぎゃあああああああ!!」
接点から放たれた火炎が帯を為し、亜人を一気に火達磨にする。
「一々とどめを刺してやれる余裕はありません!!」
数人を一気に打ち据える間にも、脇からぞろぞろと通り抜けていく亜人が居る。
「…十五、二十。…大体これくらいですか」
打ち据えた数を数えながら、ディールは視線を後方へ向けた。
「はぁぁっ!!」
ダン!と音を立て、ディールの体が空に舞う。
空中でそのままバン・プレートを装着し、落下の勢いに乗せて―
「たあぁぁぁぁりゃぁぁっ!!」
地面に叩きつけた。
かっ!!
フィードバックの火炎を吸った鎧が一時的に増殖し、視界を遮る。
同時に音も遮断したらしい。聞こえる筈の爆音はまったく響いてこなかった。
次の瞬間、ユグドの地上には二つ目のクレーターが出来ていた。
「容易に逃がすと…思わないでいただこう!!」
思った以上に破壊は広範囲に上ったらしい。
追手の半分以上が爆発に巻き込まれて蒸発していた。
「さて。そこで様子見をしている貴方。出てきなさい」
怯んでいる亜人達の奥に居る『誰か』へと声をかける。
「…出てきませんか。ならばここに居る全員、例外なく焼き捨てるまでです」
ディールは怒っていた。
どやどやと逃げてくる生き残りの人達。
その様子を見るだけで、彼等がどう弄られ、虐げられてきたのかが手に取るように判ったからだ。
「…」
と、遠巻きに彼を見る亜人の垣を掻き分けて現れる一人の亜人。
「…ダークエルフ、ですか」
居ないとは思っていなかった。そうでなければ、ヴァルが『ダークエルフとも戦える』などといった説明はしなかった筈だ。
「…」
無言。喋れないのか、喋る気がないのか。
「…行きます」
どちらにせよ。
そう。どちらにせよ、眼前のダークエルフは敵なのだ。
「…」
無言の男が、凄絶な表情を浮かべた。


リュッソがガルムに追いついた時、ちょうど背後で凄まじい爆音が響いた所だった。
「やってるね、ディールは」
「ええ。我々もこれからが正念場ですね」
山道を駆け下り、集落へ。
城に常駐していなかった亜人の軍隊。それらが手に手に武器を持って向かってくる所だった。
「彼等の相手は二の次さ。バルクもウィァーも居るからね。最小限の犠牲で後ろの彼等をこの国から出すのが僕達の役目だ。大丈夫かい?」
「はい。目の前の連中を―排除しますっ!!」
リュッソが義腕をぶん、と振るう。
刹那、蛇のように伸びた義腕が火炎を巻きながら亜人達の只中へと突き刺さった。
火炎の塊がその中で暴れ狂い、延焼させていく。
「るぁぁっ!!」
そのまま振り回すと、それだけで亜人の前線が崩壊する。
「次っ!!」
今度はガルム。
走りながら弓を構え、番えた矢を天空に向けて放つ。
と。
空中から降り注ぐ、まさに矢の雨。
矢は亜人達の頭上に降り注ぎ、無慈悲に彼等を貫いていく。
中には手持ちの盾などで防ぐ者も見えたが。
何にしろ、もう壁としての役割は果たせないだろう。
「行くよっ!!このまま横も後ろも見ないで駆け抜けてっ!!」
ガルムの叫びに、捕えられていた国民達は喚声で返した。
「…どこにそんな元気があったのやら」
リュッソの呆れ気味の呟きに、だがガルムは落ち着いた顔で。
「違うよ、リュッソ」
「え?」
「彼等は差し伸べられた一縷の希望にすがっているだけだ。助かったと知ったら…どれくらいがその安堵で命を落とすだろうね」
「…そんな」
「それだけ僕達は彼等に限界を超えた行動をさせているんだ。なら僕達に出来る事は―判るね?」
「出来る限りの彼等を、助ける」
「そうさ。ほら、見たまえ」
言われるままに上を見上げると、そこには巨大な竜が。
「第二陣は彼ウィァーが牽制してくれる。恐らく最後尾はバルクが受け持ってくれている筈さ」
「…あり難い」
リュッソの心からの呟きに頷くガルム。
「このまま港まで突っ走るよ」
「はいっ!!」


「食らうが、良いわぁぁっ!!」
「…てぃ、ティタちゃん?ちょ、ちょぉっとそれはやりすぎなんじゃないかと思うんだけれども…」
港。
最低限の見張りと伝達部隊しか居ないこの辺りの制圧は比較的容易だった。
が、中にはある程度考えている輩というのも居るもので。
表立ってイェリルと戦っていた連中を囮に、船の様子を見て回っていたティタに襲い掛かった不埒な亜人が居たのだ。
イェリルが港を文字通り制圧して戻ると、ティタもまた自分を襲ってきた亜人の殆どを駆逐したところだった。
「ふむ。…では貴様で最後じゃの?」
「ひ…!?」
怯えた顔で後ずさる最後の亜人。
それに対し、ティタはぐ、ぐっと足元を確かめると―
「激怒の境地…。わらわの激怒が臨界点を超えた時、発動される至高の境地よ」
語り始めた。
「更にこれより繰り出すはわらわの最終奥義。例え人より丈夫かつ優れた身体能力を持つ亜人だとて、これに適う理屈はないと知れ」
普通これだけ冗長に語りを入れたらどこかから邪魔が入りそうなものだが。
「ティタ式戯け者矯正必殺奥義『ディールバスター』。更にその後継たる淫乱エロエルフ粉砕必殺奥義『ガルムバスター』。その流れを組む―」
だぅん!
ティタの体が銀色の弾丸となって爆ぜた。
「最終奥義!『ティタ乱舞』!!」
がががががががががががががががががががががががががっ!!
「すっご…空中を走ってるわ…」
目にも止まらない膝蹴りの連打が、亜人の全身をひたすら打ち抜く。
「そらそらそらそらそらそらそらそらぁぁぁっ!!」
がごぉん!!
蹴り上げが亜人の顎をかち上げ、
「これでっ!!」
その勢いを借りて宙返りをしたティタの、
「潰えるが良いわぁぁぁっ!!」
渾身の力を込めた回し蹴りが。
「がぅあ…」
亜人を完全に沈黙せしめたのである。
「ふむ。これで港は文字通り我等の占領下じゃの。…どうしたのじゃ?イェリル」
「い、いえいえいえいえいえ何でもないわ!?」
ティタだけは絶対に切れさせてはいけない。
(…ガルムさんへの攻撃もまだまだ生温かったのね。甘かったわ、私…)
そう心に誓ったイェリルだった。


「…粗方片付いたかな?」
―そのようだな、ヴァル。後は上だ。リヴの奴をそこに感じる。
「はいよ」
死屍累々。
俺達の歩いた前後には、焦げ付いたり炭となったりしている死体が散乱している。
上への階段を見つけ出し、上る。
と。
懐かしい顔があった。
「貴様は…」
「ほう。あの時の…ラザムの息子か」
忘れようにも、忘れられない。
「やっと会えたな。親父の剣は何処にある?」
自分でも不思議だが、思ったほど怒りも憎悪も襲ってはこなかった。
「この奥、我が王が携えておいでだ」
「成る程。ダークエルフの王、か」
「憎悪の魔王、デル・ギオルグ・ダ・ウィーレンクラウス公だ」
「そうか」
奇しくも、親父の剣を取り返す事とバルクさん達の依頼遂行が同じ方向性になったという訳だ。
「冷静だな」
「ん?ああ、そうかも知れんな」
自分でも驚いているが。
「敵討ちに来たのではないのか?」
「…俺は親父の尊厳を取り返しに来た。…お前を斬る事が目的ではない」
これは本心だ。
仮に目の前のエルフを斬ったところで、親父やお袋が還る訳じゃない。
敵討ちをするよりも、まずは親父の剣を取り戻す事の方が重要だ。
これだけ冷静なのは、それが自分の中で判っているからかもしれない。
「ふむ…、まあいい。何にしろ、剣を奪いに来たのであれば、貴様は私と王の敵だ」
「そうか。立ちふさがるなら…俺も容赦しない」
サラヴの切っ先を男に向ける。
「はっきり言えよ。俺を殺したいんだろう?敵討ちをしたいのだろうが」
面白そうに告げる男。
それを見ながら、ふと気付く。
目の前に居るのは敵だ。最早感情に折り合いをつける必要もない。
そうやって自分の中に潜む感情をじっくりと感じてみる。
「おお」
何となく、感嘆した。
「確かに。忘れそうになっていたが、お前への復讐心ってやつも俺の中にはあったんだな」
忘れそうになっていたのは、きっとア・ミスレイルの仲間とエリュズニールの皆さんのお陰だと思う。
そして何となく、嬉しくなる。
まだ復讐心を残していた。その事実が、俺がまだ人間であった頃の大事な何かを捨て去っていない証拠のように思えて。
「ならばもう迷わん。俺は俺の『是』に賭けて。お前を斬って捨てる!!」
「くくく…。私の理想を打ち崩してくれたのだ。楽な死を迎えられると思うなよ!!」

 

 



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上記テキストは 2004年11月01日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘