…?」
「どうしたのじゃ?イェリル」
「いや…なんか、もの凄く嫌な予感が…」
「ふむ?まだ何者か残っておったかの」
きょろきょろと探し始めるティタを後目に。
「違うわ…。何と言うか…こう…」
「むう…居らぬよな」
「ヴァルガの奴に何かひどく不快な事態が起きそうな…」
「む?」
イェリルの発言に、ティタが剣呑な視線を送る。
「ん?ああ、怪我したようだ、とかそういうのじゃなくて…」
「では一体何だと言うのじゃ?」
「端的に言えば…悪い虫?」
「…成る程のう」
言わば、女の勘の類であるが。
ティタはいたく得心した様子だった。

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サラヴァラックの武神
                      第二十四話


「俺の名前はデル・ヴァルガ・ラザム。アンタの兄、ってのは…」
「ラザム様…ですか。はい。確かに私の兄は貴方のお父上から魔剣を奪い去ったエルフです」
素晴らしく美人だ。
イェリルが健康的な美人だとするなら、この人はとにかく清楚。
自分の美しさを自覚した上で磨き上げなければここまで見事な美は体現出来ないだろう、と心から思う。
だが。
「…そうか…」
少なくとも、俺が兄の仇である事は確かのようだ。
怨みも憎しみもある筈だ。
ここの王を斬った後で良ければ、仇として討たれても構わない。
そんな事を思っていた所に、ユーヤさんが頭を垂れてきた。
「まずは、お礼を」
「礼?」
「ええ。兄の妄執を止めてくださった事に、心よりの感謝を」
「俺を…憎んでいないのか?」
「はい。…もしも私に力があれば、きっと兄を殺していたでしょうから…」
「…そうかぁ」
複雑な事情があるらしい。
俺は答えを濁す事しか出来なかった。
「私達の集落はエルフの里の中でも特に大きいものでした」
と、ユーヤさんは昔話を始めた。
俺を憎んでいない理由を説明してくれるつもりらしい。
「未だ里に住む多くのエルフが魔法を操れ、エルフの里としては繁栄している部類にあったと思います。…だからでしょうか。里は七年前に人間の軍隊に攻め込まれました」
「攻め込まれた?」
「ええ。里を包む森から悉く焼かれ、里に残っていた殆どのエルフが命を落としました。そして…」
「そして?」
「私達は親や知人と逸れ、放浪の最中、やはり放浪されていたギオルグ殿と出会ったのです」
どうやら、この兄妹はここの王にとって古参の臣下であるらしい。
「兄は…、復讐を誓っていた兄はギオルグ殿の能力に目をつけました」
「能力?」
「はい。彼はダークエルフでありながら魔法を操る能力を持っています」
「何だって!?」
意外だった。
氷を操る、と聞いていたからてっきりリヴィアタンの力だと思っていたのだが。
「ですが、ギオルグ殿の魔法は…魔力だけではなく、他のモノも彼から奪い去っていたのです」
「他のモノ?」
「記憶を。使えば使うほど、ギオルグ殿は思い出を無くしていくんです」
「そんな事が…ありえるのか?」
―判らん。だが…、ダークエルフに魔力に代替する精神の力があるとすれば、確かにそれは心の一部しかないだろうな。
「俺の場合は―」
―お前の場合は俺の魔力をそのまま使っているから何かを犠牲にしている訳じゃない。
「ふむ…」
つまり、俺は恵まれた環境でサラヴの力を使いこなせているということなのだろうが。
しかし、そうなるとリヴィアタンを持つ理由が判らない。
「…じゃあ親父の剣を持っていったのは…」
「記憶の浪費を少なくする為、と聞いています」
―成る程な。少しでも魔剣から力を引き出せば浪費はそれだけ少量で済む。
「問題はその錬度だな。魔法戦闘を挑まれたら勝てる気がしない」
―だろうな。
嘲る訳ではなく、サラヴも同意してくる。
「まあ何にしろ、こんな惨状を作るような奴だ。斬るしかないんだが…な」
「はい。お願いします」
と、サラヴが横から剣呑な言葉を浴びせた。
―…さっきから聞いていると、お前さんはどうもここの連中に死んで欲しいらしいが。
「そういう訳ではありません」
何故だろう。
彼女はこの国にあってひどく異質な存在に思える。
「…私はそもそも人を怨んでいる訳ではありませんから」
「なら、何故?」
「故郷に居た頃、託宣を受けたのです」
「託宣?」
「はい。私が神獣へと昇華するという託宣です」
どきりとした。
「その託宣とは…」
「それはもうはっきり『兄を殺した男と添い遂げる事でお前は神の獣へと上り詰めるだろう』と」
「…えーと」
―…。
サラヴまで呆気に取られている。
何と言うか、こう。
そういう物騒な託宣を信じるというその性根が。
「…よくそういう託宣を信じる気になったね」
「ええ…。里が攻め込まれるのも予言していましたから」
―いや…それは…。
言いようのない、同時に反論の仕様もない例示をされてしまうと、困る。
「里が滅びゆくのを見ながら、私は託宣が真である事を知りました。だから兄の行いを唾棄しつつもその後をついて来たのです」
「その…お兄さんを殺した相手と会う為?」
「はい♪」
いや、はい♪って、おい。
「ヴァルガ様。貴方が兄を殺してくださったという事は、貴方は神獣なのですか?」
「え、えーと。元々は見たとおりダークエルフなんだが…」
―…元々は、とか言うな馬鹿モン。
「あ」
これじゃ肯定しているようなものじゃないか。
「…では!」
―秩序の一翼『混沌』を司る神獣だ。だが残念ながら『法』の神獣はこいつの番いとして既に居るぞ。
呆れ返った声で、サラヴが代わりに説明してくれる。
「あら、それなら問題ありませんわ」
「は?」
「奥様がいらっしゃってもいいんです。元々本妻になろうなんて不遜な事は考えておりませんもの」
―おいおい。
「時々思い出してお情けをいただける立場であればそれで構いませんわ」
「それは何と言うか…、良識ある生き物としてどうかと思うんだが」
それじゃまるで妾か愛人じゃないか。
…いや、多分本人が思っているのもそのものなのだろうけど。
「大丈夫です。そもそも秩序の一翼としてなら『混沌』『法』ともう一つ『調停』という立場が残っているではありませんか♪」
「『調停』?」
―ああ、確かに。ふむ…それなら問題ないな。ヴァル、番ってやれ。
突然掌を返すサラヴ。
「おい、サラヴ!?」
「…ヴァルガ様」
と、ユーヤさんが俺の前に跪いた。
「私は顔も知らぬ貴方に会う為だけに、里が滅んでから…いえ、託宣を受けてから今まで生きて参りました」
その美しい顔に悲愴なまでの決意を込めて。
「気味が悪いと思われるのも当然です。こう言いながら心では仇を狙っていると思われるのも仕方ありません。ですが…、もしも叶いますならば…」
ユーヤさんの青い瞳が、俺を見据えた。
「私を必要とされないのでしたら、どうか貴方の手で私を斬ってくださいませ」
「…」
―覚悟は、そこまで強いか。
サラヴが感嘆の声を上げた。
俺も、言葉がない。
いや。呑まれていた。
「判った」
こんな人とは初めて出会った。
イェリルと長い時間をかけて育んだものとは違う何かを、俺は彼女に抱いてしまっている。
最早、斬れない。
「それでは…よろしくお願いします、ヴァルガ様」
「ああ、こちらこそ」
互いにお辞儀。
何となく気恥ずかしくなって、暫し笑う。
笑みが自然に止まるのを待って、俺はバンダナを外してユーヤさん…いや、ユーヤの腕に結びつけた。
「…これから俺はここの王と斬り結ぶ。だから君は港へ向かってくれ」
「港へ?」
「ああ。まがりなりにもダークエルフが二人だ。本気で殺しあえば間違いなくこの城は崩れ落ちる」
そして二人とも魔剣使いだ。遠ければ遠いだけ危険は少ないだろう。
「今頃は仲間達が生き残った国民を逃がす為に船を調達している筈だ」
「そこに奥様も?」
「ああ。イェリルという。仲良くしてくれると嬉しい」
「はい」
「そのバンダナを着けていれば、皆は判ってくれる筈だ」
「判りました。御武運を、ヴァルガ様」
「おう」
俺はユーヤを立たせると、
「取り敢えず、手付け代わりだ」
少し荒々しく唇を奪った。

 


 



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上記テキストは 2004年11月25日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘