『デル・ヴァルガ・ラザム。
古史に於ける伝説。それ以後のあらゆる英雄譚に彼の存在は示唆され、その存在の有無が百を超える神話、伝説の価値の一端を間違いなく担っている。
そしてその信憑性は、伝説が古史と呼ばれる今になって尚、彼がこの世界に存命である事を鑑みれば問うまでもないだろう。
デル・ギオルグ・ダ・ウィーレンクラウス。
古史に於いて彼はあくまで伝説の英雄ヴァルガが対戦した数多くの宿敵の一人に過ぎない。
だが多くの戯曲や書籍では、往々にして彼等は彼にとって最強のライバルとして描かれている。
彼等の邂逅は一度きり。彼等が交わした戦闘もまた一度きりであったにも関わらずだ。
だが、そう述べながらも、多くの伝説の中で彼の名はヴァルガ氏の宿敵としてひどく著名である。
それは恐らく『ヴァルガ記』として残るデル・ヴァルガ・ラザムの伝説を紐解いた上でも確かであるように、彼がラザム氏の最初の宿敵であったと同時。
現在も元気に世界中を放浪している氏が語った数少ない、たった三度の『本気を出した相手』であったからではないだろうか。
更に言うのであれば。
後世、伝説の武器として名高い一対の魔剣。
猛竜の魔剣たる神獣剣サラヴァラック。
暴竜の魔剣たる神獣剣リヴィアタン。
前者は今なおデル・ヴァルガ・ラザムの佩刀として。
後者は現在大ニフルの宝物庫に護国刀として。
二度と交わる事のない剣戟が交わった、最初で最後の戦闘だったからだろう。
三体の竜が空を翔けた日。『ヴァルガ記』が記す最初の動乱、『ギオルグ戦役』は始まりその日のうちに終わった。
そしてその舞台となった島国は、遺跡として今でも海の底にその名残を残している。』
                       イロス・シュルツ著『伝承学』より


サラヴァラックの武神

          第二十五話


玉座の間。
暫く死体を甚振って己を慰めていた王。
その殆どを血塊にまで解体し尽くしてしまい、
「…漁るか」
間から出て地下牢に生贄探しにでも行こうかと思った時。
バン、と。
唐突に門が開かれ、見た覚えの無いダークエルフが目の前に現れた。
「アンタがここの王様かい?」
「…貴様は?」
「デル・ヴァルガ・ラザム。…アンタを斬りに来た」
「…そうか。死ね」
ぶわ、と飛び上がって。
力任せに剣を叩きつける。
ダークエルフの膂力と、魔剣の硬度。
避けなくば例えダークエルフであろうと両断出来る。
だが。
「リヴィアタン…。間違いないようだな」
ヴァルガと名乗った男は王の剣を己の剣で軽々と受け止めた。
その上で王の持つ剣を睨めつけ、何事かを確認する始末。
「…貴様、何だ?」
「何と言われても困るが」
ぞくぞく、と。
背筋を走ったのは恐怖か、狂喜か。
「…私を殺しに来た、と言ったな?」
「ああ」
「…ふふ…ふはは…」
断定する。狂喜だ。
「あははははははははははーっはっはっはっはっは!!」
「…?」
癇に障る目に哄笑を叩きつけながら、王は殺意を練り上げ始めた。


「ティタ様!ガルム!!」
国民の全てを船へと収容したちょうど同じ頃。
ディールが船へと駆けて来た。
「おお、ディール!!」
一際大きな船上から声をかけるティタ。
「あれ?誰か抱えているね」
「ふむ」
取り敢えず、ロープを下ろす。
ディールが掴まったのを確認してから彼と彼の抱えている人物とを引き上げる。
「…ただいま戻りました」
「うむ。大儀であったぞ」
「お疲れ様、ディール」
「大丈夫でしたか?」
「流石はディールさんと言った所かな」
皆からの賛辞に一々頷いて応えるディール。
「して、ディール。その者は?」
「先程打ち倒した武人です。ガルム。申し訳ありませんが治療を」
「ああ、判ったよ」
ティタもガルムも相手がダークエルフだと言うのは判ったようだが、二人ともそれには触れない。
こういう時は、二人の理解が素直に嬉しい。
とまれ、イジゥの服を脱がせにかかるガルム。
「ありゃ」
その手が唐突に止まった。
「どうしたのじゃ?」
「この子…女の子だ」
「「「はい!?」」」
「じょ、女性!?」
一番驚いているのはディールだったりする。
「…あー、まあ確かに恰好いいからねぇ。間違えるのも無理な…うっわ」
上半身を裸にして怪我の度合いを確認したガルムが青くなる。
「一体何したんだい、ディール…」
「ああ、まあ…」
その惨状はかつてサジクに対して叩き込んだ傷など比べるべくもないような重傷だ。
少なくとも内臓関係は殆ど全滅しているだろう。
「よく生きているものだよ、ホントに」
やはりダークエルフだね、と呟きながら傷に手を当てて目を閉じるガルム。
「やりすぎではないのかの?」
「いや、女性だとは思ってなくて…」
「にしてものう…」
と、ティタの発言を否む言葉が意外な場所から出た。
「ディール…殿は、武人として俺に…本気で挑んでくださった。俺が女である事を知って居たとしても…俺と本気で戦ってくれた筈…」
「イ、イジゥ殿!?」
「胸を張られよ、ディール殿。…俺は…貴方の迷い無き拳の熱さを決して忘れない」
「静かに。…ティタちゃん。殴られた本人がこんな状態でも納得してるんだ。これ以上責めるのはどちらにも失礼だと思うな、僕は」
「む…。確かにの」
そもそも体のラインの出ない鎧に一人称が『俺』では、女性だと判らなくても無理はない。
「済まなんだな、ディール」
「いえ。…ガルム。治りますか?」
「勿論。ただまあ…時間はかかるね」
「済みません」
「いいさ。君の想いを無駄にするつもりはないよ」
口調は軽いが、表情は固い。
簡単な事ではないのだ。
が、ディール達はそれには触れない。
ディールの想いを無駄にしない。そう言ったガルムの矜持を信じて。
「おお、そういえば」
そして。絶妙のタイミングでティタが話題を変えた。
「後はヴァルだけかの」
「そうですね」
と。イェリルが口を開いた。
「では、船を出しましょう」
「な!?」
驚いたのは声を上げたティタだけではない。
「そ、そなた―」
詰め寄ろうとしたティタを牽制するように、ガルムがそれに賛同した。
「僕もそうするべきだと思う」
「ガルム?」
その矛先を変えるティタに、ガルムは視線を戻さずに告げた。
「ヴァルが本気を出したら…多分この島が沈むよ」
「沈む!?」
「向こうも本気を出す、って前提だけどね。竜の名代が二人喧嘩をするんだ。そのくらいで済めば幸運だと思うべきさ」
「…ぬう、しかし」
と。
「待った!何か来るぞ!!」
所在なげに彼女達の口論から視線を逸らしていたリュッソが、こちらに飛来する何かを見つけた。
「…あれは…人?」
「―お邪魔致します」
轟風が吹き抜ける中、鈴の音のような声がひどくよく通った。
風の精霊を体に纏わせ、飛んで来たのは金髪のエルフ。
「…こちらに、ヴァルガ様の同胞の方々はいらっしゃるでしょうか?」
「ヴァルガ…様?」
過剰に反応したのは、今しがたまでティタと争っていたイェリルだった。
「はい。私、ユーヤ・フルタスと申します。貴女様は…」
「イェリル・リユニス。ヴァルガの妻よ」
「ああ、貴女様がヴァルガ様の正妻の方ですわね?これから末永くよろしくお願い致しますわ」
嫌味のない笑みを満面に浮かべて、優雅に礼をするユーヤ。
「正妻?…あなたにあいつが『ヴァルガ』と呼ばせる事を許可した経緯を知りたいのだけど」
「はい。経緯に関しては追々お話させて頂きます…が」
頬を思い切りひくつかせるイェリルに対しても笑顔を崩さず。
「そろそろお二人の闘いが始まりますわ。船を出した方が宜しいのではなくて?」
「…そうね。取り敢えず船を出しましょう。あいつを信じて…ね?」
「ええ」
「ああ、もう知らぬぞ!?」
同意する二人に―半ば脳がショートしてしまっていたのだろう―ティタは一声吠えて船を動かしに行ってしまった。
「…で、ヴァルガの奴があなたにそのバンダナを渡した事から教えてもらってもいいかしら?」
「ええ、勿論」
くすくすと笑い合う二人。だがしかしその背後には、それぞれ狼と虎を浮かび上がらせていた。


「はぁっ!」
「ぬぅ…!」
戦闘が始まって、既に七合。
流石、というべきか。リヴィアタンの刃身は、三倍の大きさはあるサラヴの一撃を受けてなおひび割れ一つない。
だが、俺はむしろ王―ギオルグの能力の高さに驚いた。
ダークエルフの中でもかなり凄まじい戦闘能力を秘めているのは間違いないだろう。
剣の出来は互角。
身体能力も現状は同程度。
後は―
「技法の冴え、と言った所かな?」
サラヴは数多在る剣の中でも長大だ。
だが、だからと言って敢えて大振りしなければならない程、ダークエルフの身体的基盤は柔ではない。
大振りしたサラヴの刃を手首の回転だけで返し、ギオルグの鼻面を斬りつける。
「っ!!」
サラヴの刃はギオルグの頬を深く殺いだものの、反応したギオルグにそれ以上の傷を付ける事は出来なかった。
「ち…」
考えてみればダークエルフと本気の戦闘を行うのはこれが初めてだ。
普通の相手のつもりでいると痛い目に遭うかもしれない。
「…ふふ…くっくっく…」
と、ギオルグが笑い出した。
「痛いな。…そして熱い」
「当然だ。斬られりゃ痛い」
「そう。…その通りだ。痛い。熱い。あの日も確かそうだったような気がする」
「何…?」
言っている事の脈絡が掴めない。
「あれは…私が流した血の熱さか。負った傷の痛みだったか…」
次第に焦点が合わなくなっているのが判る。
チャンスと言えば絶好のチャンスだが、俺の深層は奴に無策で突っ込んではならないと、何かを必死にがなりたてていた。
「お前なら!思い出させてくれる筈だ!!」
刹那、振り抜かれたリヴィアタンから発されたのは、間違いなく冷気だった。
「あの時の熱を!あの時の痛みを!!私があの時『何を忘れてしまったのか』をっ!!!」
「…そういう事か」
ユーヤの言っていた事を思い出す。
彼は足掻いているのだ。自分の中で失われてしまった大事な『何か』を求めて。
だが、同情はしない。
それと人間を虐殺するのとは別問題だからだ。
―ここからは魔法を含めた複合戦闘だ。
「ああ…」
リヴィアタンの刃身の周囲に、氷の粒が現れ始めている。
―有利不利と言っている場合でもないな。覚悟を決めろよ、ヴァル。
「無論さ!!」
自分を叱咤する声に応じて、俺もサラヴの炎を解き放った。


 


 



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上記テキストは 2004年12月09日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
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