『ギオルグ戦役。
この戦争においては、実に多くの英雄が彼の友人として現れている。
だが、その殆どは他の伝承に―ヴァルガ記にすら名を出さない。
それ故か、後世の専門家の中にはその実在を疑う論もあるにはある。
しかしラザム氏に次いだ戦功を挙げたとされる『炎の拳士』、
そして『蛇腕』の二人に関しては、実際にその装備が存在する事から考えても信憑性は高いと思われる。
だが、多くの戯曲に描かれるように、そこに小ニフル皇女『ティタ・ルキア』の名がある事に関しては流石に疑問を差し挟むほかない。
現在残っている小ニフル記にて、彼女は小ニフル終期、ニフル動乱期前の第四皇女として生まれており、ある日国内から失踪したとされている。
誘拐か暗殺か。まさか家出などという事はないだろうが、その前後の事情に関しては全く言及されていない為、何かがあったのは確かだと思われる。
この件に関しては、この戦争を描いた最古の戯曲『ギオルグ戦役〜武神伝承より〜』を参照すると判るが、当作品にて彼女の名は既にある。
ヴァルガ記にても彼女の名は記されているが、当戯曲の知名度の高さを考えると戯曲に引き摺られた可能性もあり、真実とは言い切れないのが難点だ。
作者であるユン・リッド・ウィムラー氏がそれを創作したのか、それとも何処かでそれを聞きかじったのかは今となっては定かではない。
しかし、この戦役の伝説と皇女の失踪とを結びつけたその誰かの想像力には畏敬の念を禁じえない』
                       イロス・シュルツ『伝承学』より


サラヴァラックの武神
          第二十六話


剣戟が交錯した瞬間、爆発が起こった。
「くぅ…!?」
互いに勢いを押さえ込めず、吹き飛ぶ。
「…何だ?今のは…」
―水蒸気爆発だな。
サラヴの説明。
―魔力の反発作用で起きた現象だ。出力は同程度って証拠みたいなものさね。
「つまり、また同じような事が起きるってか」
―お前が俺を上手く使えればなくなるぞ?
無茶を言う。
「暖かいお言葉ありがとよっ!!」
二度目の激突。今度は互いに爆圧を押さえ込み、返しの一撃も再び爆発した。
「ちぃ!!」
異常な量の水蒸気が俺達の視界を遮る。
冷気を操る向こうはそれを上手く御しているようだが、こっちはそうはいかない。
ただでさえ魔法関係には慣れていないのだ。
となれば―
「おりゃあ!!」
サラヴを振り抜き、玉座とその後ろの壁に巨大な火球を衝突させる。
開いた巨大な空洞から入る空気が、蒸気を散じさせていく。
「仕切りなおしだ」


己の在り様を疎んじていた。
その全身は柔らかい鱗で包まれ、背を覆うはぬるついた鰭。
強い鱗と雄雄しい翼。見ただけで威を感じさせる兄達とは根本より異なる。
脆弱なれど、凄まじい貪欲さで領土を広げる人間が恐ろしく。
いつか、自分は狩られるのではないか、と考えるようになった。
恐ろしくて、いつしか自ら目に映った彼等を襲った。
恐怖と絶望に彩られる彼等の顔を見て。
気分を良くした。
恐れていたものから恐れられるのは、至極。
それ故、だろうか。
ラザムと名乗る男に封じられたのは―


重い。
サラヴの尾撃程ではないが、芯に響く。
受けるのはともかく、捌くのが辛い。
それは向こうも同様らしく、俺の一撃の圧を受け切るので一杯のようだ。
互いの刃身が蒸気を吹き出している。
「がぁぁぁぁ!」
「るぉぉぉぉぉ!」
互いの魔力が増大していく。
ギオルグの背後には多量の炎が上っている。
俺の背後には氷柱が乱立している事だろう。
「…ふ」
と。ギオルグの全身から沸き立つ魔力の質が変わった。
「ぅうふわはあはははははははははははははははははははは!!」
「このっ!!」
先程までと冷気の濃度が違う。
―来るぞ!
「ぎひゃあああああああああ!」
力任せの大振り一閃。
避けた俺の胸が裂ける。
「痛ぅ」
傷は浅いが、ひどく痛い。
―凍気が刀身を伸ばしているようだな。
「何が起きてる?」
―魔力の消費が激し過ぎたんだろう。
「つまり…記憶か」
いや、もしかしたらどこか致命的な何かを壊してしまったのかもしれない。
「じゃあ何でこんなに強くなっているんだ…?」
―壊すのに躊躇いが消えたのと…。
サラヴの言が重い。
―あの異常な量の憎悪さえ魔力に変換しているのかもしれん。
「冗談だろ!?」
感情力―つまり精神力―を魔力に変える能力はダークエルフにはない。
だからこそギオルグは記憶領域を破壊し、俺はサラヴ頼みなのだ。
―大事な部分を壊してでも強引にチャンネルを開いたんだろう。
「そこまでして人間を滅ぼしたがるかよ」
―既に目的と手段が入れ替わっているな。
と。
ぶつぶつと何かを呟いていたギオルグが、剣を床に突き立てた。
「死ね!」
玉座の間全体を包み込むように巨大な寒波が吹き荒れる。
心まで凍てつきそうな冷気に、炎を絶やさぬ事で耐える。
さもなくば一瞬で氷塊になってしまいそうだ。
「サラヴ!耐え切れ…!!」
―舐めるな馬鹿モン!俺は猛竜サラヴァラックだぞ!!
ごう、と。
サラヴを中心に発生した熱波が寒波を押し返す。
再び満ちる蒸気。
見ると、ギオルグ背後の風穴はとっくに凍りついていた。


ダークエルフが魔力を使う。
その事実を知った時には素直に驚いた。
自分の知らぬ所に知らぬ事があるのだ、という、それは新鮮な衝撃だった。
男が自分を持った時、流れ込んできた意識。
純然たる憎悪。
それを感じた時、そして彼の心の殆どがそれに飲み込まれた時。
そこに好機を見た。


「…嗚呼」
寒波が収まり、こちらもサラヴからの魔力展開を抑える。
「不思議なものだ…」
ギオルグの独白が始まる。
先程のような激情を顕にしてはいないものの、その瞳の色は濁りきり、最早何を映しているのかも判らない。
「こうやって戦えば戦うほど…」
―意識が急な魔力の消費で混濁しているようだな。…好機といえば好機だが。
サラヴの言に、柄を持つ手に力を込める。
好機なのは判る。だが何故か、ギオルグの様子は俺を近寄らせない何かを感じさせていた。
「貴様の事が憎くて憎くて堪らなくなる」
刹那。
ぶわ、とギオルグの周囲の空気が逆巻いた。
―憎いか?
「憎い」
サラヴとは違う声が響き渡る。
―奴を殺せない己が恨めしいか?
「ああ」
即答。
―リヴ!?
「なに?」
―あの馬鹿…まさかっ!!
サラヴが猛る。
―憎悪で全てを塗りつぶせ。そうしたら…
と、リヴィアタンが蒼く輝いた。
―私が力を与えてやろうっ!!
「…応」
そして、虚ろな表情のまま、ギオルグはその問いに応じた。
…応じたのだ。
「ひ…ひへへ…」
一瞬、恍惚とした表情を見せたギオルグの全身が―
「くくはははははははははは!!」
何も映さないほどの猛寒波に包まれる。
―く。気をつけろ、ヴァル。
「え?」
サラヴの声音に怒りが雑じる。
―あれは最早ギオルグじゃない。
「…まさか…」
―俺達竜族の末弟、暴竜リヴィアタン…
と、寒波の中から人影が現れる。
―持ち主を乗っ取りやがったか!リヴッ!!
白髪に瞳の無い眼球。それ以外はギオルグのままだったが。
「やあサラヴ。人の姿で失礼するぞ?」
その皮肉に満ちた口調だけは、ギオルグとは違ってひどく嫌悪を感じさせた。


続きます

 

 


 



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上記テキストは 2004年02月05日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
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