『デル・ヴァルガ・ラザム。
彼の偉業は戦闘や戦争にのみ発揮されるものではない。
伝説の鍛冶師グラウガン・ディルキノーの直弟子として、彼と彼の一部の弟子のみが名乗る事を許されるグラウガンブランドの作者の一人として。
彼の鍛冶細工の才知はまさに神業と称されている。
炎の神獣に愛され、炎と戯れる彼にとってそれは天職であると言って差し支えないだろう。
彼が魔鉱ミスリルを鍛えて作った武器は国一つと同じ価値があるとすら言われており、それを欲する者は人、亜人問わずそれこそ無数に居る。
また、彼を尊敬して己の武器を己の手で鍛えるようになった武人も多い。それがこの大陸の鍛冶技術に革新的な飛躍を齎したのは厳然たる事実である。
鍛冶の街として現在も著名なターラン大都の発祥は彼が逗留し、いくつかの作品を作った工房だという逸話もあり、ラザム氏を指して伝説の鍛冶神と呼ぶ者が居るのもまた頷ける話だ。
現在ターラン美術館に展示されているグラウガンブランドの武具、装飾具の数々。
始祖大グラウガン・ディルキノーの作品とともに、彼の作品は同ブランドの最高峰であると絶賛されている。』
イロス・シュルツ『伝承学』より
サラヴァラックの武神
第二十七話
「暴竜再臨…と言ったところか?」
「全くだ。ヴァルガ。君の成長を間近で見ていた身とすると、君が最初の私の餌食だというのも中々感慨深いものがあるよ」
溜め息を、吐く。
確かに目の前に居るのは暴竜であるようだ。
俺の名を呼び、敢えて成長云々を語るなど、あれがギオルグであるならありえない。
「ギオルグは…。お前の体の中身はどうした?」
「ふむ?君が気にする事ではないと思うが?」
「…それは俺が決める」
何故だか、苛立つ。
「彼は私の中で眠っているよ。どんな夢を見ているかは知らないがね」
「そうか…」
横合いから思い切り殴りつけられた時のような。そんな不快がつきまとっている。
「それにしても、これほど面白い王様を私は見た事がないよ」
「面白い、だと?」
「そうさ」
自分の胸に掌を当て、
「失った母親の記憶を求めて暴れ、その中で己が何を求めていたかを失ってはまた暴れる。つくづく悪循環だよねぇ」
笑うリヴィアタン。
―お前とて似たようなものだろう。
「確かに。だがここに私は復活を遂げた。おあつらえ向きにダークエルフの肉体を得て、ね」
―隙を衝いて割り込んだだけだろう。誇るな愚か者。
「そう思うなら君とて持ち主の体を奪えば良かろう?何を『使われる身』として納得しているのだか」
―下らん。俺は…
サラヴがリヴィアタンと会話を続けているが、俺もまた奴に言いたい事があった。
割り込む。
「邪魔をするな、リヴィアタン。まだ決着はついていない」
戻れるというのならば戻してから仕切り直したい。
例え誰であっても俺達の戦闘に割り込む権利などないのだ。
「そうは言ってももはや戻れないと思うね。彼の精神はそれ程ひどく壊れている。たとえ戻ったとしても廃人になって身動ぎすら出来んだろうさ。…それよりも」
と、笑みを深くするリヴィアタン。
「私に使われるのだから、幸福に感じて無に還ってもらいたいものだな?哀れなギオルグ王様には」
「…この野郎」
ぶちり、と。
何かが千切れる音を、俺は確かに頭の奥で聞いた。
船上。
「こ…れは…!?」
ディールは背筋を走る異様な怖気に身を震わせた。
「どうしたのかや?ディール」
「…いえ、これは…」
あの日。サジクと戦ったあの日に感じたのと同種の怖気。
だが、あの時より数段禍々しい。
「一体どうしたというのじゃ?」
―始まるのだよ、お姫さん。
「ぬ?」
―聖戦規模の戦闘さ。暴竜リヴィアタン対混沌の神獣デル・ヴァルガ・ラザムの一戦。島民達、よく見ておきな。
ぶわ、と翼を翻すウィーヴァー。
―あの島は早晩沈むなり吹き飛ぶなりして崩壊する。故郷の最後の姿、しっかりと見届けてやれ。
と、ディールの脳髄をもう一つの気配が打った。
「…!?」
いや、ディールだけではない。
船上に居た全ての者が、同時にその『熱』を感じた。
「こ、これは…」
「ヴァル…なのですか?ガルム」
「だろう、ね」
怖気はもう感じなかった。
圧倒的ではあるが、同時に優しくもある『熱』によって、押し潰されてしまったのだ。
「…さあ、もう少し離れよう。余波が届いてしまうかもしれないからね」
空気が振動を始めた。
その中央に居る男、その佩刀が音を発する。
―兄の誼として、最後に一言贈ってやるよ、リヴ。
「な、何だ!?何をした!サラヴッ!!」
―俺は何もしていないさ。あくまでこれはヴァルの意思によって起きている事だ。
「ありえん。そんな事、お前を完全に支配でもしない限りは―」
一見、男の容姿に変化はない。黒い髪に黒い瞳。
―さっき言っていたな?『使われる身』と。
「…それがどうした?」
―お前は俺がヴァルに情けで負けてやったとでも思ったか?
だが髪は黒く在っても炎のように揺らめき、物質としての存在ではなくなっている事を示している。
「違うのか?」
―俺を舐めるなよ、リヴィアタン。今は一振りの剣だとはいえ、元は猛竜と呼ばれた竜の一統だ。そのような真似はせん。
黒い炎。まさにそんな形容が似合いつつある。
―俺は怖れたのだ。あの瞬間、確かにデル・ヴァルガ・ラザムの事を怖れた。
「ま、まさか…」
暴竜の、だがその驚きは兄たる剣の言葉に対してのものではなかった。
視線は男に固定され、兄の言葉も聞いているのかいないのか。
―哀れな弟よ。お前は今日、完全に滅ぶ。そして恐怖と絶望に彩られた今際の際にこう思うだろう。
兄の最後通牒。
「馬鹿な…!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!」
―大人しく剣に宿る神霊であればどれだけ良かっただろう、とな。
「何故!何故ダークエルフが!!」
「五月蝿いな…、黙れよ」
喚き散らす暴竜に、男はぶっきらぼうにそう告げた。
「ああ、うっぜぇ…」
熱が、頭の中で渦を巻く。
まるで全身が炎の塊になったかのようだ。
「…リヴィアタン。お前はお前がお前として在る中で唯一最大の愚行を犯した」
言葉に乗る息がひどく熱い。
「ヴァル…き、貴様…」
焦りを多分に含んだ暴竜の口調。
「サラヴァラックッ!!俺は宣言するっ!!!」
だが、それすら癇に障る。
深奥に燻る感情すら激発させ、俺は衝動のままに口を開いた。
「俺は…!!今ここに激怒したっ!!!」
その日。
混沌の化身は降誕した。
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上記テキストは 2004年02月05日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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