『前述した通り、デル・ヴァルガ・ラザムが本気を出したのは現在まででただ三度だとされる。
本気になった時の氏はまさしく『混沌』の化身であり、その力を止め得る者は殆ど存在しない。
そしてその猛威が荒れ狂った時、その周辺は『混沌』の名の示す通り、収拾のつき様がないほど破壊し尽される。
だが、その理不尽までの破壊力を持つ彼への風評は、驚く程に良い。
それはやはり彼の功績が多くの人々に認知されている事と。
彼が戦った多くの存在が、言わば多数の人類、亜人にとって『害悪』と呼べるような連中だったからだろう。』
イロス・シュルツ著『伝承学』より
サラヴァラックの武神
第二十八話
『混沌』は歩き出した。
その手には、焔をくゆらす真紅の刃。
「…さて、判決だ」
切っ先を、怯える白髪の男へと向ける。
「被告、暴竜リヴィアタン並びにデル・ギオルグ・ダ・ウィーレンクラウス」
さきほどまで全身を覆っていた憤怒は、一気に治まってしまった。
だが、それ自体はさして大きな問題ではない。
「…まあ、罪状は言うまでもないよな?」
「何故だ、何故…!」
リヴィアタンは恐怖に満ちた瞳でこちらを睨んでいる。
ギリギリと歯を軋らせながら、搾り出すようにこう言った。
「何故貴様は『神格化』出来るんだ!ヴァルガッ!!」
「…俺は『混沌』の神獣だ。神獣であれば『神格化』出来る。…そうだろう?」
にぃ、と破顔する『混沌』。
「認めん!認めんぞっ!!」
「認めろとは言ってないさ」
ただ、事実が事実としてそこにあるだけ。
「く…っ!?」
そして、しばしこちらを睨んでいたリヴィアタンが、突如目を見開いた。
「な…何故だッ!?」
何度目かの『何故』。
だが、今回だけはその重さが違っていた。
「何故!何故だ!何故だぁぁっ!?何故『神格化』出来ないッ!!」
「そりゃそうだろ」
呆れを存分に含ませ、『混沌』は嘲る。
「お前の心はそりゃもう神獣サマさ。だがその体は何だ?」
ざり、と無造作に間合いをつめる。
「俺のようにサラヴァラックを殺してその神格を受け継いだ訳じゃない。ただ魔力を操るバイパスを開いただけのダークエルフだろう?」
「ひっ…」
途端、リヴィアタンは大きく足を退いた。
「ああ、素晴らしきはその剣だ。魔鉱ミスリルによって作られ、神獣リヴィアタンの魔力を余すことなく内包している」
「な、ならばっ…!?」
「戻れると思うか?」
「っ!!」
見透かされたリヴィアタンが、更に正気を失う。
「アデュ・ラザムがその手で鍛え上げ、そして死闘の末に竜を封印した剣だ。見えないか?その剣にはお前だけではなく、アデュを慕う剣の精霊も宿っている」
「それが、どうした!!」
「お前の鬱陶しい心を追い出したいとは思えど、アデュ・ラザムの尊厳の証であるお前の力まで逃がす道理がないだろう?」
「剣の…精霊だと?」
そう。その剣に宿った、全ての思い。
アデュ・ラザムの。
アデュ・ラザムを愛した者達の。
アデュ・ラザムに賭けた者達の。
アデュ・ラザムを信じた者達の。
それが一個の『我』を抱き、生まれたモノ。
「逆も然りだ。力を備えたお前なら受け入れても、力を失ったお前を受け入れる訳がない」
そしてサラヴァラックより前に『混沌』の持つ巨剣に宿り、今はサラヴァラックと一つになって存在しているモノ。
「それに…」
物に命が宿る。
それは確かに力を持った精霊である。
だが名前がない以上、その存在を証すものは何一つない。
「親父が血反吐に塗れて作り上げた法理を、お前如きに真似されてたまるかよ」
だからこそ、尊いのだ。
造った者と、そしてそれを真摯に振るう者のみが知り得る絶対の存在。
ミスリルに宿る魔力。それよりも、ある意味では大事なもの。
「俺の師匠の至言を教えてやるよ。『ミスリルに魔力を宿す事は業を持つなら誰でも出来る。だが、ミスリルのみならず全ての武具や道具に精霊を宿す事が出来なければ、鍛冶屋とは言えん』」
「だから、どうした!!」
「俺の名はデル・ヴァルガ・ラザムであり、『混沌』であり。そして神獣の魔剣サラヴァラックに『命』を吹き込んだ、ただのヴァルガ・ラザムでもあるんだよ」
それはきっと、不遇な扱いを受けた銘剣『リヴィアタン』への憐憫。
「お前は一緒に存在する筈の剣の精霊に気付かなかった」
燃え上がるものがある。
「ギオルグはお前の存在すら土壇場まで必要としなかった」
だがそれは憤怒や憎悪などではなく…。
「その剣はお前にもギオルグにも使わせてやるには重過ぎる逸品だ」
本当の意味での、原点回帰。
「返して、もらうぞ」
「馬鹿なことを…。これは私の力の結晶だ。この中の力を取り戻して、私は必ず元の姿に―」
「ならば、一石二鳥ってもんだ」
「何を…?」
「『混沌』の神獣から、かつて『水脈』の神獣であった者へ下される裁き。その判決が、まだだったよな?」
刹那。リヴィアタンが動いた。
いや、それはきっかけに過ぎない。
水面下での応酬が、『混沌』の言葉によって表に出ただけだ。
そして、舌戦から実戦へ。
「水脈よ!荒れ狂えッ!!」
大地が砕けた。
吹き上げる水流。幾重もの、水の槌。
「叩き潰せ!!」
その総てが『混沌』へと向かう。
「吠えろ。サラヴァラック」
刹那。
大爆発が起きた。
「ち…」
「少しは落ち着けって」
言いながら、砕けた土に大剣を叩きつける。
水分が一気に蒸発し、周囲を霧が包む。
そして。
ごばぁ、と音を立てて大地が熔けた。
「凍れ!!」
びしばき、と大地が普通の岩に戻る、が。
「ふううう…」
既にリヴィアタンは次の行動を終わらせていた。
「ったく、判決くらい聞こうぜ」
頭上を見上げながら、ぼやく。
そこには、空中に巨大な水の塊が浮遊していた。
「ま、言うまでもない事かもしれないが、な。判決―」
降り注いでくるというよりは落下してくる、視界一杯の水。
地上に激突した瞬間。
それは一瞬で凍りついた。
「フォーリング・アイシクル」
リヴィアタンはその氷山の山頂で、会心の笑みを浮かべていた。
「これは私の切り札だ。光栄に思え、ヴァルガ」
沖合い。
「うわ!?くっ…!ウィァー!バルク!この荒れをなんとかしてくれないかいっ!?」
イジゥを癒していたガルムが悲鳴を上げる。
突然風向きが変わり、しかもその風量が一気に増した。
なおかつ海流は絶えず訳の判らない変化を繰り返し、ガルム達の横を奔っている船が徐々に離れていくのが見て取れる。
―判っている。
―今準備中だ!ちょっと待てって!!
と、その言葉が終わって間もなく。
船の揺れが消えた。
並走していた船も当初の位置に戻っている。
「悪いね」
「ガルム、何が…?」
「バルクが周囲の干渉を断ちつつ、ウィァーが風の精霊を駆使してこの船を進めているんだ。これで取り敢えず座礁や転覆の危険性はなくなったよ」
「凄い…ですね」
「本来はこうやって使われるべきなのさ、神獣の力ってやつは、ね」
「そうですね…。そうあるべきだと思います」
ガルムの声音は、ディールには誰か身近な者に語りかけているように聞こえた。
「ん…っと」
十秒ほど、意識が飛んでいただろうか。
余す所なく、体が冷たい。
視界一杯、何の違いもなく、氷。
どうやら叩きつけられた水が凍りついた、その中央に閉じ込められたらしい。
「なかなか…やるじゃないか」
だが、一瞬で滅ぼせなかったのは減点であり、そして致命的なミスだった。
握り締めている剣の先から、炎を一気に吐き出す。
「なっ…!?」
巨大な氷山にあっと言う間にひびが入り、ばらばらに砕け散った。
中空で溶け、雨のように降り注ぐ湯の滴を浴びながら、
「死刑。魂すら残らないほどじっくり焼き尽くしてやる」
『混沌』は今度こそ判決の全文を伝えた。
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上記テキストは 2004年03月30日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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