『デル・ヴァルガ・ラザムに限らず。
神獣と呼ばれる存在は『神格化』によって自らを高次存在へと高めることが出来る。
一次的なものである場合もあれば、その状態を恒常的に維持するものも居る。
故に、神獣は自らの高次の肉体を普段は『擬人化』や『擬獣化』する事で縮小し、時にそれを『解除』しているのだという説もある。
しかし、殆どの神獣は人、獣の状態から高次存在へ変身することを『神格化』と呼んでおり、どちらが先か、というような点への拘りは少ないようだ。
高次生物研究の第一人者であり、戯曲作家ユン・リッド・ウィムラー氏の後裔であるラン・ザック・ウィムラー博士の研究結果に拠ると、神格化した神獣は全ての物理法則の影響から脱するのだと言う。
つまり食物の摂取を行わなくとも自らを減衰させずに維持出来るし、あらゆる物理力によって自らの存在を損し得ない。
その全身は超高濃度の魔力元素によって構築され、こちらから触れることが出来るほどにその密度は濃い。
彼等を損し得るのは精霊や各種生物が操る魔力による相互反発か、もしくは魔力を内包する武装による攻撃のみとなる。
デル・ヴァルガ・ラザム氏は自身が作り上げた魔鉱ミスリル製の武器で猛竜と渡り合い、また猛竜をその一つに封印し使役した。氏の愛剣サラヴァラックから魔力が消滅しない限り、その論の信憑性は限りなく高いと言えるだろう。
だが、現在においてなおミスリル鉱は秘境ア・ミスレイルで出土する幻の金属であるし、ミスリル製の武器は実に九割以上がグラウガンブランドの名品であり、その一つ一つが一国と同じ価値を持つと言われる程に高価なのだ。
※上記における神獣の神格化についての考察は、ラン・ザック・ウィムラー氏著『高次生物学』第三章二篇『高次生物の生態』における論文と、氏へのインタヴューを元にしている』
                       イロス・シュルツ『伝承学』より

サラヴァラックの武神


          第二十九話

降り注ぐ熱湯。
「さて、どれくらい保つものかね」
だが二人はそれを全く意に介さない。
片方はそれを蒸散させ、片方はそれを凍結させ。
蒸散させていた片方。『混沌』は剣をかざした。
「叫べ、サラヴァラック」
刃身が紅く輝き、大量の炎が迸る。
「くおおっ!!」
大量の氷塊をぶつけるリヴィアタン。
だが、一瞬にして氷は蒸発し、リヴィアタンに迫る。
「くっ!!」
遮る術のない火焔をギリギリで避け、リヴィアタンは息を吐く。
「くそう…!何故、何故あれで死なないッ!!」
舌打ちをするリヴィアタンに、『混沌』は呆れたような表情で告げる。
「神獣を打ち倒すのに必要な条件を述べよ」
「何?」
「模範解答を挙げるならば、同質量の魔力だ。もしくは魔力を伴う武装での急所に対する攻撃。ちなみに、前者である場合―」
それはつまり、実質的なギオルグの肉体への最期通告。
「かつて国家規模のエルフの魔力総量を持ってしても神格化した神獣を滅ぼす事は出来なかったそうだが」
「くっ…」
「こと魔力をぶつけるだけの戦闘方法では、神獣は殺せない。俺の親父はお前を封じるのにグラウガン師の剣を二十三本使い潰したそうだな?」
人、亜人のつくった剣では、たとえ魔力を多分に含んだミスリルであれ、神獣に効果的な一撃を打ち込めるのはたった一度。それが限界点だ。
だからこそ、ヴァルガは今はサラヴァラックと銘打たれた巨剣を止めにしか使わなかったし、アデュもまた幾多の剣を使い潰した結果、一振りの剣にリヴィアタンを封印した。
「だからこそ、その魔剣リヴィアタンと、この魔剣サラヴァラック。この二振りはひどく奇跡的な存在なんだぜ?」
神獣を単独で狩ろうという物好きも、きっと金輪際出ないだろう。
神獣の無限の魔力を封じた、本当の意味での『神獣殺し』―
「小手先の魔術では、お前には届かないという事か…ヴァルガ」
「そうだな。お前の魔力は俺に効かない。だが俺の魔力はお前を焼ける。…理不尽だと思うか?」
ばちゃ。
最後の湯の滴が、『混沌』の背後に落ちた。
「理不尽だ。ひどく理不尽だとも」
「だが形勢は覆らない」
これは厳然たる事実だ。
一瞬で山と見紛うほどの氷塊を発生させた魔力操作は驚嘆に値する。だが、決定的な材料にはならない。
「ここからは独壇場だ。最大の手札を凌がれたお前に最早勝ち目はない」
「まだだ…まだ奥の手があるっ!!」
『混沌』はそれを無視した。その真偽は最早意味を為さないからだ。
「…お前を屠るための、五手。死にたくなければ受けきってみせろ」
「五手!?五手で私を殺せると侮るか!!」
激昂するリヴィアタン。だが最早、それすらも虚勢にしか聞こえず。
「まずは、一手」
足元を爆砕しながら駆け出した『混沌』は、
「ライズ・フォー・サン!!」
体を捻りながら巨剣を下から上へ振り抜いた。
「ぐっ!?」
剣戟自体は魔剣によって防がれたが、その圧倒的な圧力はリヴィアタンの剣を腕ごと跳ね上げる。
「これで二手!!」
そのがら空きの腹部に、渾身の力で体当たりする。
「うぶっ!?」
ボールのように吹っ飛ぶリヴィアタンを追い、『混沌』もまた跳ぶ。
地面に叩きつけられたリヴィアタンの喉笛めがけ、巨剣を振り下ろす。
「ひっ!?」
引き攣るような悲鳴を上げて転がるリヴィアタン。
だが。
「ジャジメント―」
地面に埋まったままの巨剣を更に押し込みながら、吼える。
「ゲヘナァァァァッ!!」
刹那。周囲の大地があっと言う間に熔解し、転がって避けた筈のリヴィアタンを包み込んだ。
「しまったっ…!?」
マグマ化した地面に飲み込まれぬよう立ち上がったリヴィアタンだったが、足はマグマに取られて動きそうにない。
だが、これで終わりではなかった。
「そして三手だ」
言い様『混沌』が剣を大地から抜くと。
紫色の業火の奔流が熔けた大地の至る所から噴出した。
「いぎゃああああああああああああああ!!」
足を取られたままのリヴィアタンも、真下からもろに焼かれたのだから、堪らない。
「その火はお前の魔力を糧として燃え続ける。消す事は出来んぞ」
自身が死ぬか、こちらの集中を途絶えさせるか。
そうしない限りこの業火が消える事はない。
「あ…あうあ…ッ!」
なんとか魔剣の力で炎を振り払おうとするリヴィアタンだが、業火はその全身を傷めつけながらも全く勢いを減じない。
「五手を数える前に終わるかね?」
茶化すように。それでも油断なく呟くと、『混沌』は背中から翼―サラヴァラックのそれと酷似した―を生やした。
そのまま上空高く飛び上がり、地獄絵図となっている地上を見下ろす。
「ヴァル…ガ。ヴァルガ!…許さんぞ、許すものかぁぁっ!!」
皮膚の殆どを焼け爛れさせながら、リヴィアタンは憎悪の視線を向けてきた。
「見せてやる!見せてやるぞ!!これが私の奥の手だ!!」
魔剣の刃をぐしゅり、と両手で掴みながら『混沌』へと切っ先を向けてくる。
ぼたぼたと血を流しながら、笑みを浮かべるリヴィアタン。
「私を見下ろすなど、許さんぞ!サラヴ!ヴァルガッ!!」
「ほう」
悪くない手段だ。自分…と言っても借り物だが、その血液と剣を雑じり合わせる事で支配力を増す。
他の持ち主では出来ないだろうが、元々封じられている力の持ち主だ。完全に支配するのも不可能ではないだろう。
「サモン・ディヴァイン!!」
血を吐くほどの咆哮が響き、リヴィアタンは剣先から氷の竜を生み出した。
そして。
纏わりつく業火を振り払いながら、巨大な氷の竜が『混沌』めがけ空を駆け上る。
「氷を媒介に神獣体だけを現出させる、か。なるほど、確かに奥の手だ」
だが、それですら同レベルにやっと到達したという程度だ。
「それでもなお、お前は決して俺を超える事は出来ない」
『混沌』もまた、刃身に力を結集させ始めた。
「メギド・エクスティンクション」
真紅の紋様が強く輝き、青、そして白へと色を変えていく。
『ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
迫る神獣体を、『混沌』はその巨剣で薙ぎ払った。
「四手」
「…馬鹿な」
一瞬で蒸気と化した奥の手を、信じられないように見詰めるリヴィアタン。
その虚ろな目に映るのは、自分めがけて落下してくる『混沌』とその巨剣。
「五手。…ルイナス・ダブル」
巨剣の刃が根元まで、リヴィアタンの胸に突き刺さる。
純白と化した紋様から漏れ出る炎が、リヴィアタンを焼き続ける業火と雑じり合う。
「…私の反撃までを見越しての、五手か」
諦念の言葉をしみじみと呟く、リヴィアタン。
判っているのだ。既にその魂まで致命的な程に傷ついている事に。
魔力を糧とし、肉体を焼くゲヘナと、同じく魔力を糧とし、魂を焼くメギド。
その相乗により、最早リヴィアタンの消滅は決定事項であった。
「ああ」
「ふふ…ふはは…。滅ぶとは、存外清々しいものなのだな」
そして、まるで霞のように。
リヴィアタンの姿は消え失せた。
「…終わった、か」
持ち手を失った魔剣リヴィアタンが地に落ちる。
それを拾い上げた『混沌』の翼が燃え尽きるように消え。
「疲れたぁ…」
その全身から放たれるプレッシャーが、四散した。
それこそが、本当の意味でこの戦争の終結の証だった。

 




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上記テキストは 2005年04月09日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
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