『デル・ヴァルガ・ラザム。彼の為した最大の業績と呼ばれるもの。それは、実はいかなる強敵との戦いでもなかった』
サラヴァラックの武神
epilogue U
「なあ、ヴァル兄貴」
「どうした?」
バンダナをつけた、年のころ十代前半くらいの子供。
俺を兄貴と呼ぶこいつが、今回の俺の相棒その二だ。
その一は無論、俺の背中でのんびりしている愛剣。
「なんでオレ達、こんな、苦労して、山道登ってるんだろうな?」
「安心しろ、もうすぐ下り道だ」
「…いや、そういう問題じゃないから」
「仕方ないだろう、道が閉鎖されてるんだから」
「ああもう」
俺達が向かっている街はもう五年ほどの間、外部から閉鎖されている。
三つほど山を越えなければならないような山奥だから、実際そうやって隔離してしまった方が早かったのだ。
その是非を問う者は少なくないだろうけど、だがそれを責めるには当たらないと思う。
何故なら、圧倒的な恐怖の前には、そういう行動に出てしまうのも無理からぬ事だと思うからだ。
「お、フリス。ここ降りれば目的地みたいだぞ」
「え、ホント?」
「嘘ついても仕方ないだろう」
「っと、ホントだ!」
眼下に広がる町。閑散とし、ひどく薄暗い印象なのは、ここが山奥に在るからなのだろうか。
「さて、と。手際良くいくぞ?フリス、ヴァルガ」
―勿論だ。
「りょーかい!」
『ダークエルフの身体能力は、基本的に覚醒を果たす前の自身の身体能力に拠るものが大きい。
そしてその多くが、戦争や殺人などの狂的な事態の中で覚醒する。
そういったものに振り回されて生まれたダークエルフは、多くの場合自我に致命的なダメージを負う。
それによる被害は往々にして巨大であり、例えば戦争中にある国の兵士が覚醒したダークエルフが、敵味方関係なく目に映る者を虐殺しつくした事がある。
結果、戦争の結果を問う以前にその両国は亡んでしまった。
大小さまざまなダークエルフの被害は存在するが、その被害を起こしたダークエルフは何時の間にか歴史の影に忘れ去られ、そしてまた新しいダークエルフが現れるというのが世の常であった。
しかし、そういった被害もある時期からぷっつりと途絶える。
その理由が『ラザムズ』と呼ばれるダークエルフの存在である事は、後の歴史が証明し、なおかつ皆が知っている事だからここに記すまでもない。
ラザム氏の工房から発展したターラン大都(当時はターラン市)に史上初めて駐屯した『ラザムズ』の筆頭、フリス・ディン・ラザムズとエリア・ディン・ラザムズ夫妻。
ラザムの子供達、ラザムの弟妹と意味されるその徒名は、彼を始めとするラザム氏の弟妹全てがデルという徒名の代わりに名乗ったとされる。
いつしか、ラザム氏を除く全てのダークエルフを語る呼称において、デルを名乗るダークエルフは悪、ラザムズを名乗るダークエルフは善として捉えられるようにさえなった。』
町の中で一際大きい屋敷の地下室。
得た情報が確かならば、ここにこの町の若い女性達が監禁されているのだそうだ。
「…さて、下手は打てないね」
兄貴から彼女達の解放を仰せつかった以上、全員無事に逃がさなきゃならない。
たとえどんな状態になっていたとしても。
ありがたいのは、ここの君主気取りは一匹狼だという事だ。
「面倒なのは兄貴に任せて、っと」
オレは背負っていた荷物を下ろすと、格子戸を引き千切った。
「こんちは〜…」
瞬間、後頭部に叩き下ろされる衝撃。
「…っく〜…」
「え!?あれ!?ひ…人違い?」
鉄の塊を持っている裸のオネエサン。十四、五だろうか。
どうやらオレはこの人に叩かれたらしいが。
「ものすっごく痛いんですけど。ねえ、オネエサン。なんでオレがそこまで強かに叩かれなきゃいけないのかな?ねえ」
「あ、あははー。ごめんねぇ」
けらけらと笑うオネエサン。どうでもいいが、どうも状況に不釣合いな気がする。
「で、君は?」
「オレはフリス。ここのオネエサン達を助けに来たんだけど」
「え!?」
驚いた様子のオネエサン。向こうの人達もざわざわと騒がしい。
喜び半分、警戒半分。ついでに諦めをエッセンス、って感じだろうか。
「あらー、ごめんね?死んでないかしら」
ものすっごく本気で叩いてそれはねえだろう、と思いながらも、答える。
「一応ね。これでもダークエルフだから」
と、喧騒が一気に収束した。
「ダ、ダークエルフ!?」
「も、もしかして仲間!?」
「それとも仲間割れ!?」
んで、再爆発。
ただし今度は恐慌方面に。
「あちゃー…」
「ねえ、君」
と、オネエサンに胸倉を掴まれた。
「な、なにかな?」
随分と力が強い。
荒事に揉まれていた、というよりはむしろ―
「君は何者?彼女達をどうしようってつもりなのかしら」
「最初に言ったでしょ?助けるんだよ。そこに服も用意してあるし、オレは兄貴に頼まれてここに来ただけだい」
「…その兄貴って、何者?」
「少なくともこういう腐った趣味の持ち主じゃない」
オネエサンの目が細まった。
「嘘じゃ…ないでしょうね?」
「嘘なんかつくわけないだろ?ほら、急いでくれよ。五分もしたらここは兄貴達の暴れた衝撃で崩れちまうよ。聞こえないかい?上で衝撃が響いているのが」
「…判ったわ。でも服は外まで持ってきてね。五分じゃ着替えも満足に出来ないわ」
「…はいはい。ホントはもっと早くなんとか出来るつもりだったんだけどね」
「悪かったわよ」
と、オネエサンは後ろを向いて女性達に大声でこうのたまった。
「皆!自由が向こうからやってきてくれたわ!ついてきなさい!」
そして奥に向かうと、数人の女性を自ら担いでやってきた。
どうやら自力で動けない人達らしい。
「さ、案内して」
「オネエサン、やっぱりあんた…」
「話は後よ」
「りょーかい」
なんかこう、仕切られているなあ。
オレってそんなに信用ないんだろうか。
…悩む。
『ラザムズの名を負う限り、彼等はそのダークエルフを身内として扱う。
そしてその名を悪意とともに使う者には、彼等全てへの敵対に直結するのだ。
彼等は長兄であり父であるデル・ヴァルガ・ラザムの名を汚される事を極端に嫌う。
ダ・イザル。
ダ・クスージィ。
上記された二人はラザムズの兄弟達の手によって無惨な死を遂げた中でも特に有名であるが、彼等以外にもラザムズの名を騙り、そしてその名を貶めようとした者は少なくないという。
そしてその全てがラザムズの兄弟達によって歴史からまさしく抹消された。
その影には荒事を専門とする、ヴァルガ氏(混同を避けるためにここには名前で記す)の他に唯一デルを冠につけるラザムズの兄弟が居たともされるが、それ自体はここでは重要ではないので省く事にする。』
「ふん、逃げるだけか?堂々と来た割には弱気なことだ」
「否定はしないがね。ただまあ…意気軒昂なこって」
大振りの一撃が多い。
何が原因でこうなったかは知らないが、これくらいの相手ならフリスに任せてもよかったかもしれない。
「そうだな、何者かは知らないが、俺様の下僕くらいにはしてやってもいいぞ」
「遠慮しとくよ。あんたの下僕じゃ自由なんてなさそうだし、それに―」
窓の外、やっと出てきたフリスを見かける。
あいつの手が大きく振られている。
―きっちり終わらせたようだな。流石フリ坊。
「そう呼ぶとあいつ怒るぜ?」
「え、ぇごっ…」
「ああ、済まなかったな」
目の前の血色よろしいダークエルフの腹にサラヴを突き立てて抉る。
「あ、ああうあ…」
「話が途中だったな?…そうそう、それに、だ」
サラヴが猛り、ダークエルフの全身を炎が駆け巡る。
「お前さんみたいなのを生かしておいたら、ダークエルフってやつの今後が心配になっちまうよ」
「あがああああああああああっ!!」
サラヴを振り抜き、ダークエルフの体を抜く。
火種となったダークエルフが、びしゃりと館の壁にぶつかり、燃え移る。
「お、おおお俺の…屋敷がぁぁ」
「止めを刺すのは本義じゃないが、生き残られると面倒だ」
―そうだな。
せめてもの情けとして、首を一瞬で刎ねて、サラヴの炎で念入りに焼いてやる。
「本望だろう?自分の積み上げたものを一緒に逝けるんだからな」
『ラザム氏の名を世に知らしめたのは、実はヴァルガ記が直接の原因であるとは言いにくい。
それよりもラザム氏がその頃から始め、そして今も続けている『運動』があらゆる種族の心を掴み、感銘を与え続けているからに他ならない。
その運動の成果こそが『ラザムズ』であり、それが現在の亜人と人間との共存の大きな一助となっているのは紛れもない事実であり。
そして今後もそれは続いていくものだと私心ながら筆者は希望している。』
嬉々として服を着込む女性達の横で、オレは既に服を着たオネエサンに歩み寄った。
「で、オネエサン。あんたもダークエルフだね?」
「…ええ」
オレが寄っていく事が判っていたのか、オネエサンは視線を向けても来ない。
「なんでこんな所に居るんだい?」
「…あんたの兄貴さんが殺そうとしている男が、アタシの父親だからよ」
「はい?!」
これには驚いた。
「あの色情狂が人間の女を孕ませて出来たのがアタシ。去年までは町でくらしていたんだけどね」
「あちゃー」
思った以上にヘビーな話だ。
「で、あそこで泣いてる子がいるでしょ?あの子が親父にヤられちゃってさ。その時に頭に来て目覚めたんだけど、ほら」
結局あんなのでも父親だから殺せないし、とはいえ町にも居られないしね、と溜め息を吐く彼女。
「行き場所もないから暫く町の外で暮らしてたんだけどさ。やっぱりほっとけなくて戻ってきたのよ」
「ふむふむ」
「馬鹿親父の頭を殴り倒して気絶させて、その間に皆を逃がそうかなー、って」
「…ご立派」
「でまあ、どうなのよ?」
「何が」
「あんたの兄貴。勝てるの?」
「そりゃ勿論」
「あれで親父って強いのよ?人格の腐りっぷりを強さに回したってくらい」
「ああ、大丈夫大丈夫」
そういう意味ではうちの兄貴より強いダークエルフなんて、ちょっと思い浮かばない。
「それで、どうするのさ?」
「どうするって、何が?」
「どっちにしたってこの町にオネエサンの居場所なんてないんだろ?だったらオレ達と一緒に来ない?…そりゃ、兄貴は親父さんの仇になるけど」
「あら、口説いてるの?」
「な!?そ、そそそんなんじゃ―」
「まったく、判り易いわねー」
「ぐ…」
駄目だ。
遊ばれてる。
こんなだから姉貴達にも言われるんだ。
―まだまだフリスはお子ちゃまだからねぇ。
とかっ。
「く、口説いて欲しいのかよ」
「まあ、出来るんならねぇ」
「くっ、このっ!絶対口説き倒してやるから覚悟してろっ!」
「へぇ、フリスもそろそろそういう年齢か」
「兄貴は黙っててくれよっ!これはオレとオネエサンの…って、え?」
「よ」
そこには、兄貴とサラヴジジイが。
―誰がジジイだ、フリ坊。
「うっさい、坊って言うな」
「へぇ、あんたフリスっていうんだ」
「う…」
ホントはもっと恰好良く名乗るつもりだったのに。
「フリス。アタシの名前はオネエサンじゃなくてエリアよ。口説きたいなら覚えておいてね」
「あう」
「フリスのお兄さん。あのくそ親父を止めてくださってありがとう。…あの、それで」
「ああ、親父さんの仇を討ちたい?」
「え、えっと…。そうじゃなくて」
「ん。一緒においで。フリスも君が好きみたいだし、俺達は君の居場所になってやれるから」
「え?あ、あの…」
これだ。
兄貴のこういった余裕ってやつが、俺の目指すかっこいい大人の姿なんだ。
「俺はヴァルガ。君も今日から、俺達の家族だ」
「は、はい…。よろしくおねがいします」
『デル・ヴァルガ。ラザム。彼の為した最大の業績とは。
ダークエルフとなってしまった子供達の保護と教育、そして人間に害なすダークエルフの排除を自ら行うことで、世界に点在し、隠れ住む事を余儀なくされていた良識あるダークエルフ達の社会的地位を高めた事である。』
イロス・シュルツ『伝承学』より
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上記テキストは 2005年04月18日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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