「やはり、行くのだな」
「はい」
領主が、神妙な面持ちで言ってくる。
「リヴィアタンは…親父の誇りです。取り返さなきゃならない」
「うむ。だが、お前が死んで悲しむ者は少なくないと言う事を忘れるな」
「…有難う御座います」
ふっ、と目を細める領主。
「ヴァル。お前の親父はお前を本当に見事な男に育てた。だからこそ、ここで死ぬ事は許されない」
「ええ」
「叶わないと思ったら迷わず逃げろ。死ぬ事よりも大きな敗北はないんだからな」
名誉よりも命が大事。傷つけられる痛みを知るこの街の人々は、そんな事で誰かを責めたり貶めたりはしない。
「イェリルを結婚前に未亡人にはするなよ」
「判ってます。…俺だってあいつと添い遂げたいですからね」
小さく笑って、彼と、その後ろで見送ってくれる人達に背を向ける。
「何時でも帰って来いよー!」
「お前の家はここなんだからなー!」
「頑張れよ!」
左手を振ってそれに答えると、ヴァルは一歩を踏み出した。
街の外へと向かう、唯一つの道を。
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サラヴァラックの武神
第四話
滑稽
エリュズニルを訪れて三日程が過ぎた。
どうにもここは居心地が良くて、出たくなくなる。
毎日のように繰り返される夜中の喧騒と、その後に響く嬌声が唯一の問題だけれど、まああそこまであけすけだと興奮もしやしない。
とまれ、客分として呆けていて何もしないのはあまりにも不人情なので、最近は薪割りなどをして過ごしている。
いい訓練になる筈なのだが、ダークエルフになってからこっち、筋力に関しては手応えがなさ過ぎるのが問題だ。
前は二百程で限界だったのだが、今じゃ千を叩いても全く疲れない。
…疲れや筋肉痛が懐かしいのだけれど。
「ふぅ」
これで二月分くらいは大丈夫だろう。
最後の薪を積み上げてある薪の山の頂上に投げ上げて。
俺はバンダナを巻いて中に戻った。
「おう!ダークエルフの兄ちゃん!!」
…ここのお客には恐怖心というものがないんだろうか?
「どうも、こんにちは」
「ほらほら、兄ちゃんもこっち来て飲みなよ!」
しかも気にいられているし。
最初に会った時からして、『ガルム姐さんのお客?へぇ…姐さんも色々な知り合いが居るんだねぇ』だけだったからなあ。
まあ、いいんだけれど。
親切にされるのなんて故郷から出てからは初めてだ。
素直に嬉しい。
「お疲れさまじゃ、ヴァル」
ティタさんだ。
どうやら三日の間に俺が無害だと判ってくれたらしい。
ようやく打ち解けてくれた。
リザリアさんの方はまだまだなのだけれど。
無理もない。
それが自然なんだし。
夕方。
エリュズニルの営業も終わり、皆で食事を取っている時。
ティタさんがこんな事を聞いてきた。
「のう、ヴァルや」
「はい?」
「お主の父君と、ディールであったら、どちらの方が強いのかの?」
「…ふむ?」
「今は『こんな』じゃが、これでも『鏡の騎士』と呼ばれた豪傑じゃ。中々良い勝負になると思うのじゃがな」
「なるほど。方や竜を駆逐せしめた『竜殺し』、方や狂ったダークエルフを打倒した『鏡の騎士』か。格闘好きには溜まらないねぇ」
これはガルムさん。
「んー、ディールさんの戦い方を見たわけではないのであまり滅多な事は言えませんが、勝負すればおそらくディールさんが勝つと思いますよ」
「あら?」
これはリザリアさんだ。
まあ確かに普通なら父親を推すだろうけど。
「ふむ、ならばディールの方が強いのじゃな?」
「いや、そうではなく」
「む?」
疑問符を浮かべるティタさん。
俺の言っているのは、強い弱い、という事ではない。
あくまでも、勝つ事が出来る、という話だ。
「正確には、専門の違いですよ」
「専門、とな?」
「ディールさんは自分の30倍もの巨大な生き物を殺せますか?」
「いえ…無理ですね。いなそうとしても潰されますから」
「俺の親父はダークエルフを殺す事は出来ませんが、そう言った巨大な生き物を殺す事は出来ました」
「ふむ」
「格好だけ見れば親父は普通の人間ですから、ディールさんなら勝てる。そういう事ですよ」
「成る程。つまり、比べる要素が共通していない、という事ですね?」
「はい。相手によってはディールさんより親父の方が強いでしょうが、その逆もある、と言うことです」
だからこそ親父は負ける。何故なら、
「人間である親父の一撃は竜の外皮をも斬り裂きましたが…、ダークエルフの一撃を受け流せるディールさんにはおそらく通じないでしょうし、ね」
「ふーむ。強さとは一元的ではないのだな」
「そうですよ」
「ふむ。ならばヴァル。お主、ディールと立ち会ってみせい」
「「は!?」」
男二人の声が重なる。
「ヴァルは竜とやらと戦うのであろ?無論人間とダークエルフでは畑も違おうが、少なくとも足しになるものはあろう?」
「いや、まあ確かに正論ですけど…」
私怨も何もない相手と戦うのはどうにも。
「いいねぇ!少なくともヴァル。君の相手は竜だけじゃない。その先のヤツも居るんだろう?なら、そういった経験は持っておいて損はないよ」
「ちょ…ガルム…!」
「心配しなくても、怪我なら僕がベッドの中でじっくりしっぽり癒してあげるよ?」
「いえ、ですから…」
「むっ!?」
ティタさんの顔が剣呑な形に歪む。
「このエロエルフめ。しっぽりは余計じゃ」
「ふふふ。ベッドの中ならどうとでもなるんだよねぇ」
「く…ふん。お主はディールの業前を信頼しては居らぬようじゃの。それでよくディールへの愛だのなんだのと吐かせたものよ」
「むむ…!」
「ディールよ。お前の技の冴え、わらわが一番よく知っておる。ヴァルには悪いが、その超人ぶりをこのエロエルフの前で見せてやるが良いわ」
「ヴァル。ディールには悪いけど、この八つ当たり姫さまの為にも現実ってものをじっくり見せつけて上げたまえ」
「「えぇっ!?」」
槍玉に上げられた二人、顔を見合わせる。
戦うのは貴方たちではないんですが?と、
何となく意思の疎通は出来たりして。
多分次に思った事も、共通しているんだろうと思う。
曰く。
―何故ここの女性陣は揃いも揃って好戦的なんだろう…?
と。
翌朝。
訓練着に着替えた俺と、ラフな服装のディールさんが向かい合っている。
ディールさんの表情は冴えない。
無論、望んでいないからなのだが、
だが俺は、武道家の性か、それとも好戦的なダークエルフの黒い血の所為か、少しずつ沸き立つ自分を感じていた。
目の前に立つ、人間でありながらダークエルフをも淘汰する技の持ち主。
隠していても、判る。
判るのだ。
俺が持っているのは木の剣、向こうが付けているのは皮製の篭手。
命に関わらないように、というせめてもの配慮。
だが。
「…申し訳ないディールさん」
「はい?」
「出来得る限り、本気で来て欲しい」
「…判りました」
言外の圧を知ったのだろう。
ディールさんの纏う空気が変わった。
「行きますよ」
「…来い…」
睨み合う二つの視線に、殺意が灯った。
続きます
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上記テキストは 2004年2月3日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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