父親に勝てた試しがなかった。
体術も、身体能力も劣っていた子供の自分には勝てる要素など万に一つもなかったのだが。
だがそれ故に悔しさは燻り。
負ける度に再戦を申し入れていた記憶がある。
幼い頃から何度も見た、父の奥義の数々。
それを隠れて真似るのが日課になり。
初めて剣を当てたのは、完璧に覚えた父の奥義の真似だった。
それを受けた時、父が困ったような、それでいてとても嬉しいような、そんな複雑な顔をしていたのが、今でも忘れられない思い出だ。
「…ア・ミスレイルの技術の粋を集めて作られたその名刀だとて、マグマと劫火を操る猛竜の鱗を何度斬り裂けるかは判らぬ」
両親の墓石の前。
剣の鍛え方を教えてくれた師が、背後には居る。
「…師匠。いつから?」
「今しがた…な」
盲目の、老いた。だが未だ至高の名を失わぬ剣匠、グラウガン・ディルキノー。
今では百人を下回る炭鉱種族ドワーフの純血、その一人である。
「ヌシは俺の技術を全く完全に習得した。否…、今、やヌシは俺の腕すら超えたやも知れん」
「…」
「じゃが、相手は神獣。俺はヌシを止めたくて溜まらぬ」
師の声音は寂しい。
「俺の死後も俺の技を伝えるのは、お前以外には居らぬだろうからな」
「大丈夫ですよ、師匠。俺は生きて帰ります」
笑みを浮かべて、応える。
「生きて帰ると約束したのは、一人だけではないんですよ」


-------------------------------------------------------------------

サラヴァラックの武神
             第五話


睨む目に殺気と殺意がこもる。
だが頭の奥は冴えていて、剣を構えながら攻め方を模索する。
…流石に隙が無い。
旅の最中、食糧の調達に狩った森の獣などとはやはり違う。
こんな気分になったのは、親父との鍛錬の時以来だ。
「…ふっ!!」
一閃。
思い切りその胴を振り抜く。
ひどく軽い手応えと、反転する視界。
「うぉ!?」
頭から地上へ。
受身を取って構えなおすと、ディールさんは冷静な目で俺を観察していた。
「つぅ…」
上手い。
技巧だけなら親父をも凌ぐかもしれない。
単発では無理だ。
向こうも対処しきれない程の手数を出す。
そうでもないと有効にはなりそうにない。
「さぁ…て」
先ほどより腕の力を抜き、素早く剣の間合いに入る。
「ふっ!!」
三連撃。
…の筈が。
一撃目をいなされた感触に直ぐ離し、逆側に二撃目。
そこで捕えられた。
いなしながら掴まれ、戻そうとする動きに合わせて踏み込まれ、押し出される。
くるくると回転する体。
「おぉぉ!?」
そのまま独楽のように倒れる俺。
あそこで追撃を入れられていたら、成る程確かに痛打になる。
あれでもなお反応出来るなら、もう相手は人間と考えるべきじゃない。
ダークエルフを倒したというのももう信じられる。
目の前に立つのはダークエルフより高い戦闘力を持った存在だ。
ならば―。
「せぇ…のっ!!」
狙うは腰。
一撃目。いなされた感触。
そして渾身の二撃目を、反転すると見せかけてもう一度腰へ―。
ごぎっ。
「くぁぁ…っ!?」
完全な感触ではなかったが、手応えはあった。
これで、いなしも効果が半減する筈。
「どんな武術もまず腰からですよ」
「…流石ですね」
ディールさんが痛みに顔をしかめつつ、告げてくる。
「さて…。仕切りなおしましょう」
「…ええ」
踏み込み、打ち込む。
「つ…」
手応えは薄いが、先ほどまでの布を叩いているような感触とは違う。
何より、反撃が来ない。
五、六度打ち据えて、その首に木剣を突きつける。
「いじょ」
「…参りました」
ディールさんがそれだけ告げて、崩れる。
「だ、大丈夫かや?ディール」
「…申し訳ありません、ティタ様。敗けてしまいました」
「そんな事はよいわ馬鹿者。それよりどこか痛いところはあるか?」
「大丈夫だよティタちゃん!!ディールは僕がしっかりと治してあげるからねぇっ!!」
その中にあって、いたく元気なガルムさん。
「元気よのぉ、ガルム」
「そりゃね…。僕だってディールが負けて悲しいよ?でもね。彼をじっくりしっかりきっちりかっちりみっちりしっぽり彼を介抱して上げられるんだもの。そりゃ心も弾むってものさ♪」
「くうう…」
歯噛みするティタさん。
「立てるかい?ディール」
「…いや、申し訳ないですが…」
「それじゃ俺が運びますよ」
ディールさんの体を背負い、店に戻る。
「よいしょ…」
上の階のベッドにディールさんを寝かせる。
「さて。それじゃ晩まで待っていてくれるかな?」
「…判りました」
「んで、その間…」
と、俺を見るガルムさん。
「ヴァル。君がディールの代わりにウェイターやってね♪」
「…は?」
晴天の霹靂。

ア・ミスレイルから馬で二月南へ進み、更にその後徒歩で険しく高い山々を七つほど越えた先。
そこにその荒野がある。
巨大な体躯。
赤い瞳。
真紅の鱗は鋼鉄よりも硬く、また高熱を発し全ての存在を近付けない。
吐く息は白い煙。
炎すら焼くと言われた、灼熱の覇王。
猛竜サラヴァラックである。
神獣の一種、世界をも司ると言われる五体の竜族の一体。
先ほど強制的に眠りを覚まされた彼は、剣呑な目で起こした相手を見下ろしていた。
「やぁ、久しぶりだね、サラヴ」
そこに立つのは、一人の青年。
超高熱の空気の中で汗一つかかず、猛竜に向かってにこやかな笑みを浮かべる様は奇妙を通り越して、一種神々しいものがある。
―…長兄か。一体何の用だ。
「末弟がまた悪さを企んでいるようなのでね」
―リヴがか…。だが奴は先年封印された筈だろう?
「…それがねぇ…。持ち主が殺されたらしくて」
―何!?ラザムが死んだと!?
刹那、サラヴァラックが怒号とともに身を起こした。
「…残念ながらね。君とティガンは彼と友人だったと聞いたから、こうして訪ねてきたのだけれど」
―ぬううううう…
怒りを隠そうともしない、彼。
「更に問題なのは、末弟がその状況を利用して僕達の目から逃れた、って事さ」
―殺した奴と一緒なのではないのか。
「それはそうかもしれないが…。正直力を振るったりされない限り、こっちからあいつの棲んでる剣を探すなんて出来ないからね」
―まだ人の素晴らしさを理解できんのだな、あ奴は。
溜め息。巻き起こる湯気に青年の体が隠れ。
「ま、また何かわかったら教えに来るよ。君も気をつけ給えよ」
声と共に、青年はそこから忽然と姿を消した。
―アデュ・ラザム…。我が友…。
サラヴァラックの呻きは、悲しげな咆哮となって辺りを振るわせた。

続く






--------------------------------------------
上記テキストは 2004年2月14日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘