―行くのか。
「はい」
彼に語りかけるのは、山。
大地を分かつ者と言われる、巨大な山脈の中で、最も巨大な連峰。
外界と秘境ア・ミスレイルを本当の意味で分かつモノ。
その正体こそ、剛竜ティガニーアである。
―楽園に敵を導いてしまったは我が過失。お前の想いに応える為に、本来なら我がお前の力となるべきなのだろうが。
「俺個人の事情より、里の治安を護ってください。それがきっと一番正しい」
―猛竜は強い。お前でも勝てないかも知れんぞ?
「親父とお袋の魂に安らぎを。その為には命の一つくらい賭けてみせますよ」
自嘲ではない、笑みを浮かべ。
―しかし、イェリルの事はどうする。
「…戦闘でも知識でも親父には勝てた事のない俺ですけど、一つだけ。親父に負けなかった事があるんですよ」
―…ほう?
「賭け事にだけはね。未だかつて、誰にも負けた事がないんです」

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サラヴァラックの武神
                     第六話



「えーと」
困った。
何が困ったかと言えば、制服だ。
何故か黒い。
いや、黒ずくめは嫌いじゃないけど。
何故かドレス。
いや、確かに女性に間違えられた事はあるけど。
「と言うか、これは制服なのか…?」
悩む。
と。
「どーしたのヴァル…って、まだ着替えてないのかい?」
「あ、ガルムさん」
丁度良かった。聞いてみよう。
「あの、この服は…」
「うん、どうかな?似合うと思うんだけど」
「…は?」
「やっぱり君にはシックな黒いドレスの方が映えると思うし、ほらほらそう言う趣味のオバサマはきっとそんな君に萌えてくれるよ♪」
「…つまり、これは間違いじゃないと?」
「うん♪」
待て。
それは待て。
「えっと、あの…、俺にそういう趣味は…」
「大丈夫。それは僕の趣味だから♪」
…駄目だ。
逃げられない。
「仕方ないか…」
諦めて、着る。
嗚呼、ひらひらする。
嗚呼、何か大事なモノを捨てるような気分だ。
嗚呼、イェリル、こんな俺だけは見ないでくれ…。

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さて。
思いの外普通に受け入れられるコレは、一体何なのだろう…。

「む、ヴァル、遅かったのう」
「あらあら、よく似合っていますね?」
「お、兄ちゃん。いいね、襲いたくなるなぁ?」
取り敢えず、頭を押さえてみる。
取り敢えず、自分の常識を疑ってみる。
うむ、異常だ。
もしかして俺が間違っているのだろうか?
店主の趣味はともかく、客も従業員もそれを受け入れているのは一体何なんだ…。
だが、それはそれとして。
「えーと、注文を、先ず…」
接客業なんて初めての体験だ。…けどまあ、そんな事は言っていられない。
とにかくディールさんの居ない穴を埋めなきゃいけないんだから。
―チリチリン♪
「いらっしゃーい」
しかし…。
何で今日に限っていつも以上にお客が多い!?
「ホット2、アイス1!」
「はいはいー」
「ランチ3、ビール3!」
「りょーかーい」
「ホットケーキ2、ホット1じゃ」
「よっしゃー」
みるみる時間が過ぎていく。
しかし…、疲れる。
体より、頭が。
「よーし、ラストオーダー!!」

終わった…。

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「お疲れ様ー」
最後のお客さんが店を出、それの片付けも終わって。
俺は堪らずに椅子にへたり込んだ。
「疲れました…」
「ふ。ディールはこれを毎日続けておるのじゃ」
「あー、そうだ。ディールさんを見舞わないと…って、ガルムさんは?」
「むっ!!」
いつの間にか、ガルムさんが居ない。
ティタさんが目を光らせる。
「しまったぁ!!」
だだだ、と凄い足音を立てて階段を上っていくティタさん。
「ありゃー…」
「じっくりしっぽり、ですからねぇ…。ティタちゃんも許せないのでしょう」
「え、でも…」
貴女は?と聞こうとして、押し黙る。
いや、怖い。リザリアさんの雰囲気が。
何と言うか、策謀を練っている何処かの国の軍師のような。
妙な、沈黙。
と。
―ズッガァァァァァァァン!!
突然、上で物凄い音が響いた。
「な、何だぁ!?」
慌てて、階段を駆け上る。
「ど、どうしたんですかぁ!?…て、コレは…」
そこには、昏倒している裸のガルムさん。
慌てて下半身をシーツで隠すディールさん。
ここまではいい。
だけど。
「何でティタさんまで気絶しているんです?」
何と言うか、カウンターを打ち込まれたような感じではない。
「…まあ、喧嘩両成敗と言うか…」
取り敢えず、一人無事のディールさんの話によると―

「ふっ!ふふっ!役得、役得だねぇ♪」
「ちょ、ガルム…!腰、痛いんですけど…!!」
ガルムはその折、やはりと言うか案の定と言うか、ディールと繋がっていた。
「ディール!!無事かや!?ぬ…ぬうううううう!!」
駆け込んで来たティタは、その様を見て激昂し。
「ガルムッ!!ディールは腰を痛めておるのじゃ!そのような折にそんな非常識な事を…っ!!」
「大丈夫さ。どっちにしたって治るんだから、その間ディールにも気持ちよくなって貰おうとね…くふぅっ♪」
ガルムはそれを一笑に付した。
そして。ティタがそれを聞いてした反応とは―
「ガルム…。わらわは今日ほどお主に対して怒りを覚えた事はないぞ…」
凄まじく冷たい声だった。
「わらわが開発した戯け者矯正必殺奥義『ディールバスター』壱式、弐式、参式…。その後継となる新たなる必殺奥義…」
「…でぃーるばすたーって…」
涙を流すディールの事は無視され。
みしり。ティタの足元が音を立てて軋んだ。
「食らうが良いわガルム!!」
タン、と床を蹴り、その身は壁に。そのまま壁をも蹴って天井にその身を躍らせると。
天井の梁を掴み、天井に足の裏を付け、ぴたりと制止した。
「…?何してるの?」
ガルムが彼女を見上げ、惚けたような言葉を漏らす。
ディールもぽかん、とそれを見上げるだけ。
「ふ…見るがよい。必殺奥義『ガルムバスター』弐式…」
ぎし。そんな音がし、刹那。
「『エロエルフバスター』の妙技をッ!!」
電光のような勢いで、ティタの体が宙を舞った。
音もなく、ガルムの下顎を捉えるティタ渾身の右膝。
「はぐぅっ!?」
情けない声を上げ、吹っ飛ばされるガルム。
そのまま彼女の体は床に叩きつけられ―
―ズッガァァァァァァァン!!
「きゅう…」
そのまま昏倒した。
「ふ、ディール…無事であるか…?」
「ティ、ティタ様!?」
ひどく消耗した様子のティタに、ディールも慌てて体を起こす。
「良い…。ガルムバスター唯一の弱点…、長時間の天井張り付きによって、頭に血が上る…。それだけの、事よ、心配は、要らぬ…」
そう言って彼女が気を失うのと、下でその音を聞いたヴァルが駆け上ってくるのとは、ほぼ同時だった。

―こういう事らしい。
「あそこに張り付いた訳ですか」
と、天井を見上げる。
自分の体重と重力に、蹴り足の勢いを上乗せしての突撃。
成る程力の溜め具合によっては、凄まじい破壊力が出せる訳だ。
それは素直に感服するが。
「これは…何と言うか、シュールな…」
「あう…」
ぐうの音も出ないのは、ディールさんだ。
取り敢えず、二人の命に別状がないのを確認して、俺は部屋から出た。
いつも通り剣の素振りをしなければならなかったし、何より。
裸のガルムさんを見るのは、少々気が引けた。


続く。






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上記テキストは 2004年2月29日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘