剛竜ティガニーアの巨体の直ぐ脇。
そこに、ア・ミスレイルと外界とを唯一繋ぐ道がある。
その入り口の側に、手持ち無沙汰に待っている一つの影。
思わず目を見開く。
「イェリル!?」
「…やっと来た」
溜め息をつくと、目の前のエルフの少女は、じろりと剣呑な視線を向けてきた。
「アタシに一言の挨拶もしないで行こうとはいい度胸してるじゃない?」
「…離れにくくなっちゃうと困るから、さ」
「アタシだってそうよ…。でも、最後くらい抱き締めてくれたって良いじゃないの!!」
言いたい事は判る。
「…そうかな」
「だから…」
と、こちらを指差し。
「アタシも連れて行きなさい!アンタはアタシの剣になって、アタシはアンタの盾になってあげるわ!」
それに、それなら一緒に居られるし、と呟く。
しばし見詰め合う。と。
イェリルのこちらを睨みつけていた視線が下がり、声が震え出す。
「…お願いよ。死ぬ時は一緒…そう誓ったじゃない!」
「イェリル…」
こらえきれず涙を流す彼女を優しく抱き締め、
「…言い訳はしない。済まない」
首筋を、柔らかく打った。
「ぁ…」
「必ず生きて帰る。信じてくれ」
ティガニーアの首筋に気を失った彼女を横たえ。
ヴァルは迷いなく、山道を駆け出した。

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サラヴァラックの武神
                      第七話


「…これじゃ変態さんだよなぁ…」
溜め息をついて、素振りを繰り返す。
無心になろうとすればするほど、何故だかそれが上手くいかない。
こんな格好をしていれば無理もない。
しかも自分で鏡を見た時に、異様に似合っていると思ってしまったから大問題だ。
まあ、こんな仕様もない事が元で倒錯した趣味に目覚めるような事にはなりたくない。
自戒自戒…と。
やっと剣の振りも鋭くなってきた。
そう。
俺には目的があるんだ。
居心地がいいから忘れそうになっていたけど、俺は親父とお袋の無念を晴らさなきゃならない。
待ってくれている人だっている。
取り敢えず、もう何日かここでお世話になったら行こう。
あまりあのハーレムやここの常識に毒されても困る。
…駄目だ。雑念が消えない。
俺は立っている樹を相手に見立てて、『あの日』の情景を頭に浮かべた。
具体的には、『奴』の薄い嘲笑。
今までのテンションが一気に静まり、鋭い集中だけが残る。
敵意。害意。殺意。それすらも捨てて。
両親の死の原因を作った、現在の魔剣の持ち主であろう、エルフの男。
両親の尊厳と安らぎの為に、奴を必ず斬り伏せる。
その為だけの集中。
「…意を捨て去りて殺を為す…」
構える。
「…我が一刀に…曇りなし!!」
ふっ、と。
振り抜く。
左手を軸に、右手は添えるだけ。
刃が樹に触れた刹那、両手を内側に絞り込む。
さぅ、と音が響き。
次いで、大して太くもないが、幹が真っ二つに断たれた。
「…おっと!!」
ずりずりと倒れこむ上の幹を慌てて押さえ、ゆっくり降ろす。
倒れたりしたら思いっきり傍迷惑だ。
「…あぶなっ…」
ふう、と息をつく。
どうにも間が抜けているなあ。
今日はもう上がろう。

扉を開けて、ベッドに座ってふと気付いた。
―まだドレスのままだ。
取り敢えず、着替えを取りに上へ。
「すいません、ちょっと私服を―」
と、ドアを開けた刹那。
「何じゃこれはぁぁぁぁっ!!」
ティタさんの怒号が耳を貫いた。
「いてぇ…」
声って兵器だよな、と思いながら、そちらを見る…と。

両手両足をベッドに縛られたティタさんが、裸だった。
いや、正確には剥かれて縛られた…のだろう。おそらく。
「…おわ!?」
「あ、ヴァルじゃないか♪」
そこには、申し訳程度に服を着たガルムさん。
右側の顎に見える痣が痛々しい。
「…で、なんでこんな事に」
「いや、僕が目を覚ましてみるとさ、ティタちゃんがそんな所で寝てるじゃないか。僕もかなり痛かったからねえ。ちょっと剥き剥きして悪戯しちゃおうかと思ってね」
「はぁ…」
「見るな!見るでないヴァル!!」
「あ、はいはい」
顔を真っ赤にして怒鳴るティタさん。
特に興味もないし、取り敢えず目を逸らす。
「見てもいいんだよ?ヴァル。今日はティタちゃんの羞恥プレイデーだからね、どんどん恥ずかしがらせてあげよう」
何故かガルムさんの横でうんうんと頷くリザリアさん。…貴女のお嬢さんでしょうに。
「いや、羞恥なんたら、って言うんだったら俺のも充分羞恥ですし」
溜め息混じりに、ぼやく。
「取り敢えず、俺の私服、取りに来ました。この格好じゃ寝にくいもので」
「むぅ…ノリ悪いなぁ。ま、いいか。はい」
渡される俺の私服。
…よし、妙な仕掛けとかはないな。
「さて、んじゃ俺は下に下りますけど…」
と、何が嬉しいのかにこにこしているガルムさんに向かって、告げる。
「…明日どんな報復を受けても知りませんよ?」
ひき、と。ガルムさんの笑みが引き攣った。
「覚えて居れよ、ガルム、母様」
「…あう」
中々後先考えない人だなぁ。
「んじゃ、俺は寝ますね。お休みなさい」
階段を下りる途中で、何かが切れたらしいガルムさんの、
「な、ならば、悔いを残さないくらい弄り倒してやるぅぅっ!!」
と言う叫びが聞こえたが、無視した。

取り敢えずベッドに入った辺りで嬌声が響いてきた。
「…明日が楽しみだなぁ」
取り敢えず、寝る。

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次の朝。俺の目を覚ましたのは、
「エロエルフバスター午前様仕様!!」
「うぎゃああああああ!!」
こんな声だった。
因みにこの事件の所為で、ディールさんの腰痛は余計酷くなり、ガルムさんは顔から下を徹底的に痛めつけられたらしい。
合掌…でもないか。自業自得だし。
…ティタさんの顔が妙につやつやしていたのは突っ込んじゃいけないんだろうなぁ…。

取り敢えず、ドレス姿でウェイターやるのはもう暫く続きそうだ。
…はぁ。

「ここがティガニーア様の言っていた喫茶店か…」
店の前、一人のエルフの美女が立っている。
その手には括られた何本もの大剣がぶら下がっている。
「まったく…。許嫁を置き去るなんてなんて男かしらね」
勇んで彼女は扉を開ける。
「ま、来る口実は出来たし、嫌味は思う存分言わせてもらうわよ」
そう呟いた彼女の時間が止まった。


続きます



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上記テキストは 2004年3月06日滑稽さま に頂きました。(06/12改訂)
ありがとうございます。
雨傘日傘