「全く。剛竜殿から聞いた時には流石に呆れたものぞ」
「…ごめんなさい」
剛竜山の麓。彼女は夫となる男の鍛冶師としての師、グラウガンと剛竜から説教を受けていた。
「確か出がけに『待っている』と言っていたのではなかったか?」
「…うぅ」
「珍しくしおらしいと思ったら…」
言い返せないイェリル。
「あ奴が墓参りをしている間に荷物をまとめて先回り、か。まったく、最初から計画しておったろう?」
「…はい」
―親父殿に心配をかけてはなるまいぞ…とは言え、今更聞きもすまいな。
剛竜にまで見透かされ、小さく縮こまる彼女。
「ふむ…。まあ何にせよ、サラヴァラック相手にあの剣一本と言うのが心許ないのも事実だな」
と、グラウガンが下顎の立派な髭を撫でつけた。
「よし、イェリル。ヌシに大義名分をやろう。これでヴァルを追う事が許される筈だ」
「ホントですか!?」
「うむ。四日ほど待て。領主やヌシの親父殿らに納得出来る大儀をやろうではないか」
「有難うございます!グラウガン師!!」
きゅ、と。祖父程の年齢の老ドワーフに抱きつく。
―とは言え、ヴァルがお前を置いて行ったのは、お主が危険な目に遭うという、それだけではないのじゃがな。
「…え?」
挟まれた剛竜の発言に、疑問符を浮かべる間もなく。
―まあ良い。とにかくあ奴を追うなら必ず『エリュズニル』と言う喫茶店にだけは立ち寄るのだ。ヴァルは必ず其処に居るか、または数日逗留する筈だ。
「エリュズニル…」
ヴァルの父、アデュから聞いた事がある。
「ヴァルガのご両親の馴れ初めの店ですね?」
―そうだ。そこの店主は少々曰くありでな…。
そしてその三日後。
イェリル・リーレンもまた、ア・ミスレイルを後にした。
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サラヴァラックの武神
第八話
扉が開く。
「あ、いらっしゃいま…」
そこに居る顔。最初は認識出来なかったが、次の瞬間には愕然とした。
「イェ…イェリル!?」
「…」
イェリルは固まっている。
そりゃそうだろう。婚約者がこんな格好していればなぁ。
まあ逆に、イェリルが男装していてもそれほどショックは受けないと思うけど。
「何…?その格好は…」
「いや、あー…その…、制服だよ」
取り敢えず、正直に説明する。
「ま、まさか…?」
「…何だよ」
「趣味…?趣味なの!?」
「ちっがああああああああうっ!!!!!」
脊椎反射もかくや―そんな高速で否定する。が。
「まさかこんな趣味があったなんて私お父様達になんて説明すればああそれでも婚約者なんだしもう少し広い目で見なきゃ駄目かしらでもやっぱり女装なんて不毛よ不毛なのよそうよ私が正しい道に…」
聞いてさえ居ない。
「だからなあ―」
「何じゃヴァル?客は席に案内せんといかんぞ」
反論しようとしたところに、ティタさんが歩いて来た。
「あ、ティタさん」
「ふむ、知り合いかの?」
「はい」
「ふむ。おい、ガルム!!」
「な、何れひょう…」
ふがふがとガルムさんがカウンターから顔を出す。
「こちらはヴァルの客人だそうじゃ。取り敢えず珈琲をお出しせい」
「判りまひらぁ…」
ふがふがとカウンターの奥に引っ込むガルムさん。
痛かったんだろうなぁ…、エロエルフバスター午前様仕様。
ティタさんは『激怒の境地に至ってさえ居れば、わざわざ天井に張り付かずとも同程度の威力は出せるわ』とか言っていたけど。
下から顎を蹴り上げ、そのまま天井へジャンプ。
溜めを待たずに天井を蹴り、その膝を無防備の顎へ再び。
…むしろ一晩で凶悪になってないだろうか?
『激怒の境地』侮り難し…。
「ほれヴァル、仕事じゃ仕事」
「あ、はいはい」
ふらふらとティタさんについて行くイェリルを見送って。
取り敢えず仕事の続き…だけど。
嗚呼、鋭い視線が刺さって痛いよ…。
閉店後。
「…成る程ね」
溜め息混じりのイェリル。
理解はしてくれたらしい。
納得はまだのようだが。
「ところで、君はどうしてヴァルを追ってきたんだい?」
睨みつけられている俺に助け舟を出してくれたのはガルムさん。
「…これを、ね」
イェリルも取り敢えず追求は諦めたのか―と言っても別に俺の趣味じゃないったらないんだが―、用件に移ってくれる。
「これは…?」
「グラウガン師からヴァルガに。持って行った剣だけじゃ心許ないだろうから、って。グラウガンブランドの傑作集だ、って笑ってらしたけど」
「…そうか、師匠が」
大剣、長剣に始まり、総数十二振の名剣がテーブルの上に広げられている。
「伝説の名鍛冶師グラウガン・ディルキノーの作刀かぁ…。確かに凄いねぇ」
「はぁ…」
溜め息をついているのはディールさんだ。騎士を名乗っている以上、この剣の価値をよく知っている筈だし。
「のう、ディール。確かに素晴らしい剣のようだが、それほど惚れ惚れするような物なのかや?」
「勿論ですよティタ様。グラウガン・ソードって言ったら一振りで街一つ買えるとさえ言われる名剣ですからね」
「ほう!」
「鋼鉄製の剣でそれですからね。ミスリル鉱の剣なんて最早国宝ですよ」
「…それを無駄遣いするわけか」
「…身も蓋もありませんね」
意味の違うディールさんの溜め息。
「まあグラウガンブランドならヴァルガも作れるのよね」
「…あー、まあね」
「何だって!?」
これにはガルムさんが飛びついた。
「き、君はグラウガンの技術を受け継いでい、いるのかいっ!?」
「はぁ…これを作る時、世話になりましたし…」
と、持ってきた大剣を指す。
「そうかぁ…。じゃあちょっと僕の作品を見てくれないか!?天才鍛冶師グラウガン・ディルキノーの直弟子なんて…嗚呼!!」
すごく興奮されている。
「ええ、構いませんけど…」
「じゃ、じゃあ今すぐ来てくれ給えよ!!」
「わ、ちょ…!!」
腕を引っ張るガルムさん。
「せ、せめて着替えさせて下さいぃ…!」
こんな格好じゃどうにも鍛冶なんて出来やしない。
「あ、こ、これは悪かったねそんな格好させて。ささ、早く着替えておいで!!」
「…あ、はい」
追い立てられて、上に向かう途中、イェリルの視線に気付いた。
「…ほんとにアンタの趣味じゃなかったのね」
「だから違うって言ってるじゃないか」
「ならよろしい」
そう言うとやっとイェリルは笑顔を見せてくれた。
「…まったく」
世話の焼ける婚約者だなぁ。
夜中。
普段どおり素振りを済ませて、汗を流し、ベッドを店の真ん中へ動かす。
「まさかイェリルがこんなに早く追いつくとはなぁ…」
予想ではもっと時間がかかるものと思っていたんだけど。
それともここに長居しすぎたのか。
居心地いいからな、ここ。
そのイェリルは今風呂に入っている。
「今のうちに準備を整えておこうか」
…剣の追加は正直有り難かった。だけど、これ以上先にイェリルを連れて行く訳にも行かない。
明日の朝、出立しよう。ディールさんの腰もそろそろ快癒するらしいし。
「ふぅ…」
準備が一段落して。ベッドに腰掛けて溜め息をつくと。
「準備は済んだかい?」
カウンターの奥から声。
「ガルムさん?」
「ほら。これを飲みなよ。すっきり出来るよ?」
置かれたのは暖かいスープだ。
カウンターに座り、スープを一口。
「美味い…」
「だろ?僕の自信作だよ」
本当に美味い。全身に染み入ると言うか、舌が喜んでいると言うか。
「…アデュがリヴィアタンを封じた時は、僕が手を貸した」
何度か聞いた、親父とガルムさんの昔話。
だけど暴竜と親父が戦った時の話は初めて聞く。
ガルムさんが手を貸してくれた、と言うのは親父からも聞いた事がない。
「彼の目的は『魔剣を作ること』ではなかったからね。要はあの竜を封印できればよかったんだ」
その時に親父はお袋と出会った、って事か。
「だけど…君は違う」
頷く。
「魔剣の所持者として認められるには、誰の助力もなく神獣に勝たなければならない。つまり、何の対抗手段もなくあの巨体と力比べをし、更に彼らのブレスを迎え撃たなければならないって訳さ」
「…覚悟はしてます」
「頑張りな。あんな可愛い女の子を独りにしちゃいけないよ」
「はい」
「長く引きとめてしまったこっちにも責任はあるからね。イェリルちゃんは僕が責任もってお預かりするよ」
「…お願いします」
俺は深く頭を下げた。
続きます
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上記テキストは 2005年4月09日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘
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