エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第一話

AM5:00
喫茶エリュズニルの朝は早い。
しかも今日はいつになく冷える。
私は布団から出たくないという気持ちと格闘しながら本日のスケジュールを思い描いていた。
まずはテーブルクロスを綺麗に敷きなおして、店内をモップがけして・・
あ、モップがけは昨日の仕事か・・・それから三つ葉を摘みに行って・・・・・テーブルクロスで・・・・・・・・・
また視界がぼやける・・・・・・・このまま眠ってしまいたい・・・・・
ダメだ!
そうやって必死の抵抗をしながらふと隣を見ると、
そこには安らかな寝息を立てているガルムの姿があった。
しかも裸で。
・・・・・・・・はぁ・・・・
・・・・・またですか・・・・・・
もうそんなに驚かなくなった。
こうやってガルムが私のベッドに入っていても。
・・・・・それもそれで問題がある気もするが・・・・
「ガルム・・・・ここ私のベッ・・・」
そこまで言いかけて私は言葉に詰まった。
ガルムの体に真新しい傷がついている。
・・・・・・・・・・・・・・・・
そういえば最近、私が寝付けずにいると下から話し声がするよな・・・
なんだか私の名前もその会話の中に入ってて・・・・
しばらくするとティタ様の回し蹴りの音がする。
・・・・・・・・・・・・・・・・
あぁ・・・・・なんかまた胃が痛くなってきた気がする。
これ以上は考えないようにしよう。
「そんな格好では風邪を引きますよ・・・」
眠気が覚めてしまった私は、ガルムに布団をかけて静かに部屋を出た。


・・・・・寒い。
凍えてしまいそうな寒さだ。
制服に着替えた私は、何をする事もなく食器を磨いている。
こんな寒さでは、お客さんは来ないかな・・・・
そう思って外を覗いてみると、そこは一面の銀世界。
真っ白な粉が街を一色に染めている。
「あ・・・・・・・雪か」
私は外に出た。
雪なんて・・・・・・久しぶりに見てないな。
今日は珍しく霧が出ていない。
私は少しの間外を眺めていた。
「そういえば・・・・・昔はティタ様によく雪玉をぶつけられたっけ」
昔の記憶に思いを馳せながら、私は手紙やら新聞やらを取って店内に入った。

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AM5:30
そろそろ誰か起きてくる頃だろうか。
外は大雪が積もっているからお客さんも少し遅いかも。
食器を大体磨き終わって、する事をなくした私は今朝の新聞に目を通す。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
大して面白い記事は載っていないなぁ・・・・・・・
そう思っていた私は、新聞をめくる手を早める。
そのうち、ある広告がふと目に止まった。
すぐ近くの丘の上にできた、新しい病院のチラシだ。
なんでも最新技術で体を隅から隅まで調べる事が出来るらしい。
・・・・・・胃の検査・・・なんてのも出来るんだろうか・・・・
でもこれはストレス性のものだろうしなぁ・・・・・・
その時、いきなり後ろから声をかけられた。

「珈琲を一杯くれないか?」

心臓が飛び出るかと思った。
慌てて振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
身長は私より少し大きいぐらいで、肩から足元まで真っ黒なマントを着ている。
背中に何か白くて長いものを背負っているようだが、ここからでは分からない。
髪はボサボサで、目は鷹のよう。顔には、右のこめかみから左の頬まで、斜めに大きな切り傷のようなものが入っている。
私が何も気配を感じなかったなんて・・・・ドアもベルも何も音を立てなかったはず。
怪しい・・・泥棒かもしれない。
私はそう思って、警戒しながらも男を観察した。
だが、男はさっきから何もしてこようとしない。
違うのか・・・・・
そう思っていると、
「聞こえなかったか?珈琲・・・あぁ、コーヒーを一杯くれ」
また言って近くの椅子に座った。
思い過ごしか。
私は警戒心を少し緩めると、時計を見た。
5:45分
まだ開店時間ではない。
また男のほうを見ると、私の広げていた新聞を眺めている。
その行動から危険は感じられない。
マントが濡れているな・・・・・
ひょっとすると、この男は単なる旅人で、この雪の中をようやくここへたどり着いただけなのかもしれない。
そう思うと、無理やり追い出す気にはなれなかった。

「お待ちどうさまでした」
彼にコーヒーを差し出す。
「今日は寒いですね」
別に何もする事のなかった私は、男に話し掛けた。
「あぁ・・・・」
そっけない返事が返ってくる。
ヤな感じ・・・・
続く言葉が出ない・・・・・
こんな気まずい雰囲気は避けたいなぁ・・・・
すると、
「フム・・・・・・悪くない味だ」
男のほうから口を開いた。
「さて、そろそろ私はおいとましよう」
しばらく話し込んで、男は懐から小銭を出して私に手渡す。
「さらばだ少年・・・いや、ディール。“魔風”がやって来たと“魔狼”に伝えておいてくれ。いずれまた顔を出す、とな」
この男は、ガルムの事を“魔狼”と、自分の事を“魔風”呼ぶ。
何の事だかは分からないが、昔からの友人らしい。
男が店から出て行こうとするのを見て、初めて気が付いた。
男が背中に背負っているものは・・・・剣だったのか。
2m近くもあろうかと思われる白い長剣を、肩から足元にかけて斜めに差している。
剣士なのか?
いや、それにしては他の格好が変だ。
男の靴は、歩くたびにカランコロンと妙な音を立てる。
この雪の日に・・・・・サンダルか?
私は“ゲタ”なんてものの存在を知らなかったので、男の履いているものが何かわからなかった。
私が男に違和感を持ったのは、これだけではない。
なんとなく・・・・・人間の、いや、生き物の気配がしないのだ。
男が出て行ったのを見届けると、私は時計を見た。
6:15分。
おっと、いけない。みんなを起こさなくては。
私は足早に二階に上がっていった。

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AM6:45
今日も、朝一番の一杯を、と
数名の常連客がすでにくつろいでいる。
・・・・・・のが普通だ。
しかし、今日は雪が降り積もっていて非常に寒い。
馬車はおろか、人もまともに歩けないほどだ。
ま、当然と言えば当然か。
窓から表を見ると、ガルムとティタ様が
キャアキャア騒ぎながら遊んでいる。
まったく・・・・
さっきまでは寒い寒いって、ベッドに篭城していたのに。
本当に無邪気なんだから。
リザリア様はといえば、
ガルムの造った箱の横でうつらうつらしている。
この箱は、ガルムの造った例の氷庫と同じ仕組みで、中に炎の精霊を住まわせてあるという魔法具だ。
非常に暖かく、消える心配もない。
静かな店内に、外からのにぎやかな声が響く。
その声につられるようにして、私も外に出た。


カランカラン・・・
バスッ
「ウッ」
私が外に出るや否や、雪玉が私の頭に当たった。
「ディール、ようやく出てきたか。待ちくたびれておったぞ」
どうやら犯人はティタ様のようだ。
「ははは・・・そうだディール。せっかくだからみんなで雪合戦しようよ」
ガルムが笑いながら私を見る。
やれやれ・・・・
たまにはハメを外しても、バチは当たらないだろう。
「分かりました。やりましょう」
その言葉を合図に、戦いの幕が切って落とされた。

言わなきゃよかった・・・・あんなこと。
全身を雪で覆われ、私は雪の降りしきる空を仰いだ。
いきなり2対1なんだもんなぁ・・・・
・・・・なんて言ってる場合じゃない。
私は雪を押しのけて、外に出た。
バスバスバスッ
待ってましたとばかりに、白い塊が飛んでくる。
これはいじめだ。
いくらなんでもひどすぎる。
「ちょ、ちょっとお二人とも。何で私ばっかり・・ブッ」
もう一発。今度は口だ。
「よっしゃ。これで僕は12発だぞ!」
「ふふん。わらわは15じゃ。このまま行けばわらわの勝ちじゃな」
「なにっ!くっそ〜、ディール!そこ、動くな〜!」
なんだか、私に当てた数で競走しているらしい。
うう・・・・ここは逃げるしかない。
私は向きを変え、一目散に走り出した。
転びそうになるのを切り抜けて、何とか店の前まで逃げてくる。
すると、向こうから一つの影が近づいてくるのが見えた。

通りかかったのは、髪の毛も肌の色も、この雪のように真っ白な少女。
なんとなく、淋しそうな横顔だ。
私はその少女に目を奪われた。
すると、近くの壁に雪玉が命中した。
「ディール!何をぼさっと突っ立っておるか!戦争はまだ続いておるぞ!」
ティタ様が遠くから叫ぶ。
・・・・・・戦争って。
「ディールぅ!行くぞ〜!」
ガルムがおもいっきり振りかぶって、雪玉を放った。
そして・・・・・・事件は起こった。
バスッ
ガルムの投げた玉が、私・・・ではなく、通りすがりの少女に命中した。
少女はそのまま雪の上に倒れてしまった。
「わぁっ!す、すいません!お怪我、ありませんか!」
私はすぐに駆け寄る。
少女はぐったりとして、気を失っているようだ。
事態に気づいたのか、二人とも駆け寄ってくる。
私はその少女を抱かかえ、家へ入った。


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上記テキストは 2004年11月13日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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