エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第十話

ドラゴン
それは地上で最も強い生き物の総称
その命は星と共にあり、戦闘能力でいえば他の生物をはるかに凌駕する
もはや神に近い生き物

その生き物が、今私たちの目の前に居る。
もうその威厳も神聖さも感じさせない。
伝わってくるのは、ただひたすらの狂気・・・・・・だけ。
「なぜ!?なぜキミたち人間がドラゴンまで操れるんだ!?」
ガルムが白衣の男に向かって声を張り上げた。
「・・・・言ったろう・・・・これが、神が人間に与えた力!!」
「どんなものでも、人間の力でドラゴンが思い通りになるものか!!」
ガルムがいつになく取り乱している。
「それが真実かどうか・・その目で確かめろ!!」
男が叫ぶと、
ギシャァァァァァ!!!
目の前の巨大な生物が叫び声を発した。
その鳴き声だけで辺りが振動し、物が壊れる。
しかし、私にはもうほとんどその声は聞こえなかった。
目の前にした敵の存在が私の耳をふさぐ。
鳴き声が終る頃には、私は腰から下の力が抜けてくるのが分かった。
ずしん、ずしん、ずしん・・・
巨大なものが近づいてくる感覚。
巨大な殺気が近づいてくる感覚。
「う、うわぁぁぁ!!」
ダークエルフとは比べ物にならないほどの威圧感と恐怖感を放つ生物を前にして、私
の頭にはそれのみがこだました。
巨体が口をあけて向かってくる。
逃げようと思っても、足が言う事を聞かない。
体がすくむ。
目の前にある口の中のターゼンの頭の切れ端が、目に映り・・・

「破岩脚っ!!」

ズガァァァン!!
爆音と共に消えた。
いきなり頬の辺りを蹴られた怪物は、少しよろけて体制を立て直す。
そしてその黒い影に、
「どうした?何をビビってる!?」
私は肩を叩かれた。

2階テラスの部分から、男の声が聞こえてきた。
「くく・・・待ちわびたぞ、グレー!!」
その声でようやく正気を取り戻せた。
足に力を入れ、ゆっくり立ち上がる。
「お前が来てくれたことで、ようやく“材料”がそろった!!さぁ、最後の宴を始め
よう!」
男が天を仰いで叫ぶ。
ドオオオオオオォォォォ・・・・・!!
それと同時に、地面が激しく揺れた。
「な、何をしたんだ!!」
私が男に問うと、彼は顔を緩めたままこちらを向いた。
「いや、ね。逃げられても困ると思って、上の建物を壊してるのだよ。」
「何だって!!」
「あぁ・・心配には及ばない。この階だけは特別頑丈に造ってあるからね。」
男は、私たちが動揺しているのをさもおかしげに眺めている。
「ついには狂いやがったか!?そんな事すりゃお前も一巻の終わりだろ!!」
私の側に居た男が叫んだ。
「別に・・私にはこのドラゴンがいる。まぁ、そう焦る事は無い。後20分もすれば
この揺れもおさまる・・・・・ゆっくりしていたまえ。」

男は、相変わらずニヤニヤとこちらを見下ろしている。
ヒュッ!!
突然、私の側に居た男が消え、ドラゴンに蹴りかかった。
ヒュッ!
ゴウッ!!!
二つの空を切る音・・・だが、
バシィッ!!!
「ぐあっ・・・!!」
ドラゴンの尻尾が先にグレーを捉え、サイガたちのほうへ吹き飛ばした。
ドォォン!!
壁に激突。
「やれやれ・・・・グレー!お前にまだ死なれては困る!そこで大人しくしていろ!
!」
そう言うと、私を指差して叫んだ。
「そいつは殺れ!」
ヒュン
ガァァァァン!!!
間一髪、私はドラゴンから離れて距離をとる。
踏みつけられた床に大きな足跡ができていた。
「急いで逃げま・・・・!!」
ギシャァァァァァァアアア!!!!
皆の所に着いた私の第一声は、雄たけびの中へ消え、それが終るとまた別の音が轟
く。
ズシン、ズシン、ズシン・・・・・
大口を開けて、怪物が向かってくる。
「うわっ!」
ズガァァァァアン!!!
ガラガラと音をたて、怪物の飛び込んだ壁が砕け散る。
そして、その瓦礫の中に大きな眼光が光ったと思うと、

ビュンッ

私の頭上に爪が振り下ろされ、

ギィィィィン・・・

鉄の響く音と共に止まった。

強烈な竜の爪撃。
それを、たった一本の剣で受け止められる生物は、この世にはほとんど居ないだろ
う。
この男を除いては・・・・・

ビシビシビシビシ・・・
ブレードの体を伝って抜けた衝撃が、彼の足元の床を砕く。
だが・・・・本人はビクともしていない。
「フン・・・・・なかなかだな。」
ギィィィンッ!!
そう言うと男は、支えていた大きな腕を振り払った。

抜き放たれた長剣。
その刃には、隙間無く封印の札らしきものが張り巡らされ、
今の攻撃で破れた数ヶ所からは黒い刀身が覗いている。

私がその光景に見入っていると、
「・・・・・・・さすがだな、ブレード・・・・」
すぐ近くからカールの声がし、
「さすがだよ・・・ドラゴンすらも寄せ付けないその力・・・・・」
私のすぐ側まで近づいてきた。
「・・・・・命を愚弄する者には、それ相応の罰を受けてもらう。」
男を肩越しに見ながら、ブレードが冷徹に言い放つ。
「その力が強大すぎるから・・・・ガルム君達は君の記憶を消したのだな?」
「・・・・・・どういうことだ?」
ブレードの表情が少し曇ったのが見えた。
「覚えてないらしいな・・・・・・・残念だ。」
その言葉が終るや否や、
ビュウンッ!
巨大な爪が、
ガシャッ!!
背後からブレードの体を引き裂いた。
いや、正確にはブレードの背中を抉っただけにとどまったようだ。
そこからは、液体が溢れ出していた。
銀色の体内から黒い水がどくどくと・・・・・
「なるほど・・身体は鋼とミスリル製か。道理で硬い・・・・」
その言葉の続きは、ブレードの倒れた音にかき消され、私の耳には届かなかった。

私は、誰だ?・・・・・
『え?・・・・動いた?』
私は、何だ?・・・・・
『まさか・・・・・・・・本当だ。』
私は・・・・・・・・・
『どうします?まさか本当に命を持つなんて・・・・・・』
なぜ生まれたのだ?・・・・・・・

『ブレード、お前の仕事が決まった。』
・・・・・ようやく、私にも仕事が出来たのか?
『そうだ。・・・・ちょっと待ってろ。』
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・誰だ?
『新しく生まれた仔だ。名前は・・・・・ガルム・ガルムだったか?』
・・・・・・・・子守りか?
『ま、そういうところだ。』
・・・・・・・・分かった。

・・・・・・・・・・子守りか・・・・・・・
四百年待った・・・・・・ついに見つけたぞ。
・・・・・・・私の存在する意味だ!!






つづきます


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上記テキストは 2005年04月03日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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