エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第十一話

何かの砕け散る音が聞こえた。
何が砕けたのかはわからない。

私は、生涯の中でこれほどの絶望を覚えた日はほとんど無い。

ブレードが倒れた後、私たちはなす術も無く取り押さえられた。
どこからわいてきたのかは分からないが、彼の遺伝子兵士がまだ残っていたのだ。

ガルムとグレーはカールと共に奥のほうの部屋へ連れて行かれようとしている。
このまま連れて行かれたら、彼らが戻ってくる事は無いだろう。

私は、サイガトシェリル、フィーナと共に鉄板の壁に追い込まれている。
自我をなくした兵士達が、目を泳がせ、口を半分開いたままこちらへ向かってくる。
サイガの体ももはや限界に近い。
先ほどのフィーナの治療だけでは完全ではなかった。
威嚇に腕を振り回すだけで身体が軋み、押し殺した苦痛の声が聞こえてくる。
武器も、ブレードの残した長剣が一本、無造作に転がっているだけだった。

そしてブレード本人は、ドラゴンの爪を受けたあとピクリとも動かなくなった。
カールが近づいて中を覗いていたが、
「・・・・・・・・どうしてこれが動くんだ?」
そんな感じの言葉を何回か呟いてその場を離れ、言った。
「潰せ。」
それを合図に、またドラゴンがブレードに爪を浴びせた。
彼の身体は、金属と金属のこすれる音を放った。

何かが砕け散る音が聞こえた。
何が砕けたのかはわからない。
ただ、大きな爪の間からいくつかの金属片が散らばる様子が、
かすんだ私の目に映った。

奥の部屋へ連れて行かれるガルムとグレー。
それを遮るかのようにじりじりと人影が近づいてくる。
もはや視界すらもはっきりしない。
そんな時だった。

『生きたいか?』
(え?)
誰かが私に話し掛けてきたのは。
『生きたいのなら人を殺めるほかに道は無い。』
(・・・・・・)
『だが、死は・・あらゆる苦しみから魂を解放させる唯一の手段だ・・・』
その言葉に一瞬心を動かされた。
しかし、次の瞬間に写ってきたのは、ガルムとティタ様とリザリア様達の姿だった。
(私には・・・・まだ守るべきものがある。)
(まだ・・・闘わなきゃいけない!!)
刹那
『・・・・では一時、覇道を開いてやろう・・・・・・・修羅の道をな・・・・・
・』
ドクン
何かが私の中へ入ってきた。

じりじりと輪をすぼめ、敵が近づいてくる。
ディールとシェリルの体力は限界。
フィーナもあの男を撃ち殺した後から闘志が萎えている。
かと言って、俺もそう戦える身体ではない・・・・
グレーとガルムさんは絶体絶命で、ブレードは・・・・・・
ちらりと目を動かす。
粉々になった金属片が油の池の中に散らばっている。
ここから脱出できる時間も残りわずか・・・・
考えても考えてもロクな作戦は思いつかない。
その時の、あきらめと絶望が入り混じった俺の頭は、後方のディール達には向いてい
なかった。
「ウッ!?・・ウオォォォォォォォ!!」
ディールの発した雄たけびで初めて存在に気がついたのだ。
それを合図にするかのように、一気に人形達が押し寄せる。
途端
・・・・・・ゴトッ・・・
その内の一人の首が、押し寄せてきた形相、無表情のまま地面に落ちた。
それに続くように他の連中も同じように・・・
その向こうでは、ディールがブレードの剣を握り締めていた。
彼は無言のまま剣の刃に手を伸ばし、
ビリビリビリビリ・・・
一気に刃に貼ってあったものを取り払い、黒い刀身を表しにした。
そこからは、何かが立ち上がっている。
それがなんなのかは分からないが、それを見た瞬間身体に寒気が走った。
黒い炎のようにも見えた。

あっという間の出来事だった。
十数人の兵士達を瞬殺したディールは、剣についている札をはがすと、
こちらのほうを向き直った。
その目は真っ赤に燃えている。
本来は白と黒に分かれているはずの部分が、赤一色に彩られている。
その目には狂気も恐怖も感じない。
ただ純粋に力という威圧感のみを漂わせ、こちらを向いている。
一瞬、身体を沈み込ませ、
次の一瞬で、足元のホコリや煙を撒き散らしてこちらへ向かってきた。
逆手に構えた長い刃が煌めき、
フォウッ・・・・・
俺たちを拘束していた数人を切り裂きながら、一陣の風は吹き抜けた。

「ディー・・ル?」
ガルムさんがポツリと呟いた。
「ディール・・君、本当にディールなのかい?」
ガルムさんの言っている意味がうっすらと分かる。
強さだけではない。
その他に何かが違う。
・・・・・恐い。
「・・・ぁ・・・・」
その時、か細い声が彼の足元から聞こえてきた。
「・・・・ありがと・・・・う・・・ようやく・・・・眠れ・・・・・・・」
上半身だけとなった男は、それまで声を絞り出すと、ごろんと床に転がった。
男の開いた目をすっと閉じさせ、ディールはこちらを向いた。
真っ赤に燃えていた目の炎はすでに失せ、悲しげなまなざしが俺たちを通り過ぎ、
「ぬ・・・・何なのだ・・・・貴様・・・・」
一人の男に向けられていた。

「カール・ベックナー・・・・もう・・・終わりです。」
ディールが口を開いた。
呟き程度の小さな声だったが、この静まり返った空間には十分の大きさだった。
「終わり・・だと?」
「ええ・・・・終わりです。」
「フハ・・ハハ・・笑わせる・・・どこからそんな力が湧いてきたかは知らないが・
・・・その程度で私を殺すなどと・・・・。」
カールの笑い声は乾き、上手くつながらない。
身体をのけぞらせて、一歩、また一歩と後ろへ下がってゆく。
「貴方は・・・まだ自らの罪を重ねてゆくつもりですか?・・・そうやって戸惑いな
がらも、他人の声に耳をふさぎ、物を壊す事しかせずに!!」
「お前などに・・・私の心がわかって・・・・」
シュザザザ・・・・・!!
空を切る風の音、肉を切る刃の音、繋がらなくなった肉片が鉄に叩きつけられる音を
奏で、
すぐ近くまで来ていたドラゴンと共に、カール・ベックナーは、その言葉を最期に、
崩れていった・・・・・・・・・


戦いは終った。
失ったものは多く、得たものは分からない。
この復讐劇を書き足し書き足し、日記に書き留めておこうと思う。
何故かは上手くいえないが、忘れてはいけないような気がするから・・・・

カールと彼の“集大成”を肉片と化した後、私たちは崩れかかる病院を後にした。
結局あの病院の事故は新聞などで大々的に報じられたが、原因もわからず、次第に
人々の記憶から消えていくだろう。
全身ズタボロになって店までたどり着いた時には、ティタ様とリザリア様が凄く心配
してくれた。心地よかった。いつもああだったらと心の底から願う。

シェリルは、あの事件の後いつもと変わらない生活に戻ったらしい。
あの崩れた病院から抜け出した事とか前よりも元気になってることとか不明な点は超
多いが、それでも彼女なら何とかやっていけるだろう。
そのうちにまた顔を見せに来てくれると良いな。

フィーナとグレーは3,4日喫茶に滞在していたが、結局ルシファーの面々を率いて
どこかへ行ってしまった。
どこへ行くとは言っていなかったが、彼らなら悪いことはしないだろう。
失った痛みと、傷つける苦しみを知っている人は、絶対に間違いは起こさない。
そう信じる。

サイガは、病院を脱出する際、あるものに気をとられていた私をかばい、結局病院を
出ることはできなかった。
今でも深く後悔している。
せめて、彼が安らかに眠れた事を願うばかりである。

ブレードの剣とマントはあの部屋に残してきた。
彼の亡骸の散乱している中心に剣をつきたて、マントをかぶせてきた。
あの時、私に話し掛けてきた声の主は、彼だったのかもしれない。
結局、彼が何者なのかは分からず終いだ。
あの後ずっとガルムの元気が無い。
じきに元のガルムに戻ると思うが、今はそっとしておこう。

さいごに、私が病院を出るときに持ち出してきた“あるもの”についてだ。
そのあるものとは、ボロボロの日記である。
今から30年前の日付だ。
初めの方はごく普通の日記。
子供が生まれた事、そこから始まってしばらくは平和な日常が書かれている。
読んでいて微笑ましくなる。
それが、最期の1ページだけ日付が10日ほど飛び、他と違う文章が書かれていた。
それを書き写しておく。

『・・・ようやくふっきれた。
 泣いていても妻や娘は帰ってこない。
 私の目には、彼女達の死に行くさまが張り付いて離れない。
 妻は私の見ている前で3人の亜人たちに弄ばれ、傷つけられ、殺された。
 娘は燃え上がった家の下敷きとなり、泣き声だけが聞こえてくる。
 ずっと考えていた。なぜ私たちの村が彼らに襲われたのか。
 なぜ私は砕けた身体でただ見ているだけしかできなかったのか・・・
 討伐隊の衛兵に助けられ、一命を取り留めた。
 私だけ。
 
 ようやく結論が浮かんだ。
 人間が他の種族より自然界で弱い位置にあるからだ、と。
 私はこれから壮大な計画に乗り出すつもりだ。
 この様な悲劇を繰り返させぬように、全ての種族が同格となれるように
 人間と亜人が共に憎しみ会わないように。
 私はそんな集団を組織するつもりだ。
 妻と娘の悲劇を胸に。

 未来の私よ。もしばかげていると思ったらのならこの日記を読み返せ。
 自分の考えが信じられなくなったらこの日記を読み返せ。
 ずっと、迷わずに、己の道を進め。
 
 いつか、自分の望む未来にたどり着くまで
                        カール・ベックナー  』

だが、カールはこれを読み返さなかった。
いつしか自分の奥さんと娘を失った哀しみと憎しみから、“同格”ではなく
“支配”という道へ進んでいった。
人間の強さを誇示し、どの種族も人間を恐れるようになる世界を夢見るようになっ
た。
その結果がこれだ。

だが、あなたは気づかなかった。
“人間が弱い立場にある”のではなく、全ての種族が、“他の種族を認めない”こと
に問題があるということに。
現に、人間に虐殺された亜人の話は良く聞く。
人間だけの話ではないのだ。
いずれにせよこの問題は、今すぐに解決する問題ではないだろう。
いつかのその日がくるまで、安らかに眠ってくれ。

もう夜もふけた。
外の雪はほとんど溶け、また深い霧が立ち込め始めてきた。
じきに春が訪れを告げる“風”が吹くだろう。
すぐ隣から、3人の安らかな寝息が聞こえる。
また明日からお店頑張らなくちゃ・・・


おやすみなさい


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上記テキストは 2005年04月03日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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