エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第二話

私は、見知らぬ部屋のベッドで目覚めた。
「ここは・・・・どこ?」
雪の中を歩いていて、突然何かが当たった感覚があった。
その後、フッと目の前が暗くなる。
そこまでは覚えているんだ。問題はその後。
私は、必死にここに寝ている経緯を考える。
その時、ドアが開いて、人が二人、入ってきた。
「やあ、目が覚めたかい?お嬢さん」
女の人。耳の長いところを見ると、エルフらしい。
「なにが、“目が覚めたかい?”ですか。ガルム、ちゃんと謝りなさい」
エプロンを着た背の高い女の人・・・・じゃない。男の人だ。
そうだった・・・・・・
雪玉が当たって気を失ったんだ、私・・・・・・
「ごめんなさい。雪玉ぶつけたの、僕です」
ガルムと言われたエルフが、私に頭を下げた。
「え?あ、いいですよ。わざとではなかったんですから」
別に大したことではない。
「ホントにごめんよ。お詫びに僕の手作りスープ、ごちそうするから」
そう言って、持って来たスープが差し出される。
「そうですか・・・・・では、頂きます」
ちょうどおなかも減っていた頃だ。怪我の功名っと。
心の中でガッツポーズしながら、私はスープを口に含んだ。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・な・・・・・・・何これ・・・・・・
「ど、どうかしました?」
「あれ?お口に合わなかったかい?自信作だったんだけど・・・」
「う・・・・・・・」
「「?」」
「うっま〜〜〜いいっ!!!」
「「うわぁっ!」」
今まで口にした何よりもケタ外れに美味。
「なんなのこれ!?もう、アツアツでトロトロでフカフカで、それでいてコーンの甘
味が・・・あぁん、最高のハーモニーよぉ!!」
自分でも、もう何言ってんだか分かんない。
ふっとばしてしまった二人の事も気づかずに、夢中でスープをすする私。
「は、ははは・・・、そうだろ?美味いだろ?美味いよね?やっぱり♪僕が手塩にか
けて作った特製スープだもんね♪」
お尻をさすりながら、女の人が言う。
「ず、ずいぶん元気そうですね」
はっと我にかえる私。
しまった・・・・つい、素が出てしまった。
「あ・・・す、すみません。つい、その・・・・動揺しちゃって・・・・」
慌てて言い訳を始める。
「そ、それじゃ。私はこの辺で・・・・」
私は、慌ててベッドから下りて、出て行こうとする。
恥ずかしさと・・・・気まずさのあまりに。
なんだか男の人の目がひいている・・・ような。
すると、女の人がそれをさえぎった。
「どこへ行くのさ?まだ寝てなくていいのかい?」
「ええ。それに私、これから行かなければいけない所があるのです」
私は答える。当り障りのない言葉を並べて。
すると、
「そうかい?なら、僕たちが送ってあげるよ。」
「え?あ、はい」
唐突に意外な事を話し掛けられた私は、条件反射で適当な返事をしてしまった。
・・・・・・・・ま、いいか。
「あ、すいません。すぐに支度します」
男の人が、急いでエプロンを脱ぎ始めた。
さすがにこの格好のままはちょっと・・・・・
と、思ったのだろうか・・・・・・
その選択は正しい。

少女とともにエリュズニルを出て30分ぐらい立ったろうか。
今私たちは、雪が降り積もって歩きにくい上り坂を歩いている。
・・・・・・いや、性格には歩いているのは私一人だ。
「ほらほら。頑張れ、ディール♪」
頭の上からガルムの声がする。
そう。
私は、人二人を抱えて上り坂を歩いている。
一人の少女を両手に抱えて、(いわゆる“お姫様だっこ”というやつらしい。)
背中にはガルムがしがみついている。
元騎士の私にとって、このぐらいの重量は大した事ないが、
それにしても・・・・・・・・・・
私って、そんなに下に見られるものなのですか?
それとも、男ってそんな存在なのですか?
今の自分の役割に疑問を感じながら、(もちろん口には出さずに)私は歩き続けた。
泣きそうになるのを我慢して・・・・・・・・

10分ぐらい歩くと、木立を抜け、小高い丘の上に出た。
丘からは街が見下ろせる。
そして、目の前に建っているのが例の最新病院。
門も、壁も、床に敷かれたタイルも、全て白。この雪景色に溶け込んでいる。
さながら、小さなお城のようだ。
病院に入ると、いきなり白髪の男性がこちらに声をかけてきた。
「お嬢様!心配しましたぞ」
「まぁ、シェリルちゃん。一体どこにいたの?」
言葉・服装などからすると、どうやら男性はお屋敷の執事らしい。
女性の方も結構身分が高そうだ。もちろん、リザリア様までは及ばないが。
「街へお散歩へ行くと言って姿をくらますのですもの。私、てっきりあなたが誘拐さ
れたものと思ってしまったわ!」
「ごめんなさい、お母様」
「あら?そちらは?」
少女の母親は、私たちのほうに気がついたらしい。
「あぁ。こちらは、ディールさんとガルムさん。ちょっと、事情がありまして」
「まぁまぁ、それはそれは。どうも、娘がお世話になりまして」
女性が深々と頭を下げる。
・・・・・・・実際は、ガルムのせいなんだけどね。

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それからガルムは、毎日シェリルの見舞いの為、病院を訪れた。
もちろん私を連れて。
こう毎日押しかけるのはどうかとも思ったが、シェリルも楽しそうなのでこれでいい
のだろう。
しかし気になるのは、シェリルの顔が日に日に青くなってきたのと、誰に病名を聞い
ても、まったく答えてくれないということだ。
後者はまあ良しとして、入院しているのに顔が青くなるのは気に掛かる。
そして、四日目。
シェリルの病室からは、ベッド一つを残して、他のものが跡形もなく消えていた。
なんでも、シェリルは昨夜急に体調を崩して集中治療室へ移ったという。
その帰り、
「いったいなんでだろうね?シェリル、そんなに悪くなさそうだったんだけど・・
・」
ガルムがつぶやく。
確かに。
始めの一日目はただの風邪だと言っていたはず。
あの始めてあった日から比べると、昨日は別人のように生気が抜けていた。
腑に落ちない疑問が多すぎる。
私たちはいつの間にか、喫茶エリュズニルの前まで帰って来ていた。

カランカラン・・・
「いらっしゃ・・・なんじゃ、お前らか。今日はやけに早いの」
「なんでも、病気が重くなったそうで、面会謝絶なんです」
「ふむ、そうか・・・・・・・ところでガルム。おぬしにお客だぞ」
店内を見ると、3人のお客さんが、一つのテーブルで何かを話している。
どうやら、男性2人と女性1人のようだ。
「ガルム。ようやく帰ってきたわね」
女性が振り返った。
赤くて長い髪、長い耳、青い瞳。
どうやらガルムと同じ、エルフのようだ。
「フィーナ!どうしたんだい、急に。あ、今何か料理を・・」
そこまで言ったガルムのセリフを、1人の男がさえぎった。
「いや、いい。俺たちがここへ来たのはそんな事の為じゃないんだ」
久しぶりにやる気が出ていたらしく、出鼻をくじかれたガルムはむっとしていた。
「そんな事だなんて失敬だな、君。・・・・フィーナ、この子誰だい?」
赤い髪のエルフは、一呼吸置いてから、
「この子の名前はグレー。例の“2作品目”よ」
としゃべった。
ガルムの表情が、一変して真剣になる。
「え?・・・・て、ことは・・・・・・まさか」
「そう。見つけ出したのよ、あれの居場所」
何の会話だろうか?
この位置からだと、会話の内容が聞き取れない。
しかし、ガルムが真剣な顔をしているのは分かる。
すると、私の視線を感じたのか、さっきガルムの話をさえぎった青年が私のほうへ
やって来た。
「おい、君。命が惜しいのならこれ以上は俺たちの話に耳を傾けないで貰おう」
身長、年齢は私と同じくらい。
「脅しですか?」
「いや、単に危険な話ってだけだ。・・・・・・・・・・特に、人間にとってはな」
それだけ言って、元の席に戻って行った。
その間中ずっとガルム達は声をひそめて話し合っている。
・・・・・どうやら、本当にヤバめの話らしいな。
そう思った私は、それ以上首を突っ込まないことにした。

ディールが向こうへ行ってしまうと、
「ところで彼は?ガルムの男?」
赤い髪のエルフが聞いた。
「ああ、そうさ♪」
自信たっぷりに青い髪のエルフが答える。すると・・・
ヒュッ
ガスッ
「ハウッ!」
空を切ってガルムの頭に直撃した。
・・・・・・お皿が。
ガルムが後ろ頭を抑えているのをちょっと見たあと、3人はそれが飛んできた方向を
見た。
小さな少女が、食器を磨いている。
「どうやら“彼”、あなただけのものじゃないみたいね」
すべてを見透かしたかのように赤髪のエルフがつぶやく。
「・・・・・・・・・しかも、三つ巴か」
3人の中の最後の一人が口を開いた。
すぐ側の壁に、フルーツナイフが刺さっている。
「階段のほうから飛んできたぞ・・・・よかったな、先に皿が当たって」
ゾクッ
「(リザリア・・・・あんたって人は・・・・)」
少しガルムが身震いしたように見えた。
「ふ〜ん・・・・ま、俺に並んでイイ男、かな?」
これは、グレーと呼ばれた男。
「しかも・・・・・素人じゃないだろ?」
「分かったかい、サイガ。ディールはね・・・・・・・・・・・」
一瞬静まり返る。
「何!?あれが・・・・あのエプロンつけてるのが・・・・『鏡の騎士』!?」
「例のダークエルフを退けたという男か・・・・フム、どうりで・・・・」
「どうりで?」
「我々に警戒しているだけでなく、微塵も隙を見せていないわけだな」

気になる。
さっきから、彼らの視線を感じる・・気がする。
しかも、なんか殺気みたいなのも感じたし・・・・・しかも二つ。
すると、
「何!?あれが・・・・あのエプロンつけてるのが・・・・『鏡の騎士』!?」
さっきの男が叫んだ。
私のことを話しているのだろうか。
あぁ気になるなぁ、もう。
そんな事を考えながら、とりあえず食器を拭く。
あの一団のほかにお客さんもいないし。
すると、いつの間にかカウンターに誰かが座った。
「俺の名はグレー。あんた、『鏡の騎士』だったらしいね」
私は、
「ええ、そうでした」
そっけない返事で返す。
このパターンは前に経験がある。
「そうか。・・・・・なら、あんたに頼みがある」
「なんですか?」
あぁ、また来そうだなぁ。
「『鏡の騎士』ディール。俺と勝負してくれ」
やっぱり・・・・・

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上記テキストは 2004年11月16日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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