エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第三話

「俺と戦ってくれ」
私はこれまでに、何度その言葉を聞いてきただろうか。
喫茶エリュズニルに来てからは一度もないが、
まだ私が王宮にいた頃は何十という武芸者に同じ事を言われた。
『鏡の騎士』
それが私の異名だ。
意外ではあるが、かなりの広範囲までウワサが広がっているらしい。
現に、何ヶ月もかけてやって来たという挑戦者もいたものだ。
「・・・・・いやです。いきなり初対面の相手とは戦いたくありません」
「何っ!?」
私は、あまり戦い好きな方ではない。
私が騎士となり苦しい修行を積んできたのも、それは己の正義を貫く為・大切な人を守る為であって、
決して戦争がしたかったわけではない。
「今の私は、喫茶エリュズニルのウエイター・・・戦いを強制される義理もなけれ
ば、戦う義務もありません」
「くっ・・・・」
男が言葉に詰まる。
「フン・・・ダークエルフをも凌駕する伝説の『鏡の騎士』。どうやらその武勇伝は噂だけらしいな」
明らかに私を挑発している。
「やめないか、馬鹿者」
もう一人の男・サイガが割って入った。
ずっと席に座っていて分からなかったが、2メートルを軽く越す大男である。
頭から足元まで、布で体を覆い隠している。
「彼の言う通りだ。グレー、誰もがお前のように喧嘩好きなわけではない」
「だが、俺は・・・・・・」
「やめろと言っているのだ!人に強制される事が、どれほど嫌な事かお前も知っているだろう!」
そう一括すると、男は私のほうへ向き直った。
「すまなかった、ウエイター君。私が代わりに謝罪しよう」
そう言って頭を下げた後、また元の席の方へ向いた。
「待ってください」
二人の足が止まる。
「あなた達は・・・・何者です?」
サイガと呼ばれる大男。それに、エルフと・・・一番謎なのは、グレーという男。
確信もないし、証拠もないが・・・私の勘が告げている。
人間ではない。
しばしの沈黙。それを破ったのは、ガルムだった。
「ふぅ・・・・どうやら、話したほうがいいようだよ?」
「そうね・・・・彼も聞いたことはあるだろうし・・・・」
「ディール、この子達はね。ある組織を捜しているんだ」
ガルムが一呼吸置いて説明を始める。
「組織?」
「そうだ。“組織”だ。人間のな」
今度はサイガ。次にフィーナ。
「その組織の名前は・・・・・“ゼウス”」
「!!」
“ゼウス”・・・・聞いた事がある。
まだ私がニフルへイムにいた頃だ。
「・・・・人体実験、大量虐殺で・・・・国を追われた一団・・・・」
今も捕まっていないらしい。
その組織が研究所として使っていた施設からは、おびただしい数の人間の死体が見つかったという。
しかも・・・・・・バラバラに分解された姿で。
「そうだ。そして今、ゼウスはある目的の為に動いている」
「ある・・・・目的?」
私は息を飲む。またもサイガが一呼吸置いて口を開く。
「それは、“人間を最強の生命体にする事”だ」
「最強の・・・生命体?」
「そうだ」
今度は、グレーだ。
「全ての生物には、その生物の能力が記された“遺伝子”というものがあるらしい。
それを書き換える事によって、人間の戦闘能力を高めようという事らしい」
「そして、やつらはそのために他の生物を研究しているのよ」
「それが・・・・何か?」
グレーが眉をひそめる。
「その“研究”ってのが・・・・えげつなくてな・・・・」
「大まかには・・・“誘拐”、そして“拷問”」
「・・・・・っ!?」
そのあまりの答えに、一歩引き下がる。
「やつらはその“遺伝子”だけを研究するのではない。
その種族が何に弱いか、どう責めると一番苦しむか、とかいったことを“研究”しているのだ」
ゴクリ
私の息を呑む音が、一段と大きくなった。
「しかし・・・・そんなこと・・・・ただのウワサじゃ・・・」
「ないぞ」
そういうと、サイガはまとっていた布を右半分だけ取った。
その下には、かなりごつごつの体。筋肉がこれ以上ないくらいついている。2メートルを越すわけだ。
「ま、俺はもう旧世界の産物だがな・・・」
ハラリ
布が地面に落ちた。
「!?!?!?」
大男の左半身、綺麗に半分鋼色の肌をしている・・・・鉄板が打ち付けてあるのだ。
ギリリリリ
腕を曲げると、間接から歯車がきしむような音が聞こえる。
「昔はな・・・・人間を機械に改造しようってのが主流だったんだ」
「遺伝子が発見された事により、廃案になったんだけどね・・・・」
「そして、俺がその当時、たった一機だけ造られた・・・・いや、たった一機だけ死
ななかった“改造人間”なんだ」
「死ななかった・・・・?」
「体の中身をほとんどえぐってから、機械を据え付けるんだ・・・ほとんどの奴はその途中で逝ってしまう。
もし耐え抜いたとしても、正常に動かなければ処分される」
「研究所から見つかった体のパーツ・・・あれはね、何の実験をしているか分からなくする為であり、
その人の必要な部分を取り除いた後の姿でもあったのよ」
・・・・・・なんて世界だ。
幸いティタ様は二階らしい。正直ほっとする。
「・・・・・!?、それなら、さっきの『第二作目』って・・・」
「俺の事だ」
私の問いにグレーが答える。少々声のトーンが低い。
「・・・・サイガが旧式の“改造”人間なら、俺は最新技術、遺伝子の産んだ“人造”人間」
「“人造”?」
「そうだ。遺伝子操作というものは改造と違って、成熟した体に施しても効果が薄い。
だから俺は一から“造られた”んだ・・・・他の生物のパーツを使って」
「・・・・・・・・・」
どうしようもない重苦しい雰囲気があたりに漂う。
こんなにも平和に見える日常。
だが、その裏にはこんなにも悲惨な生活を送る人たちもいる・・・・
少しして、フィーナが話し出した。
「そして私は・・・“ルシファー”のリーダー・・・フィーナ・デルアム」
ガルムも口を開く。
「“ルシファー”・・・“ゼウス”に逆らったたった一人の天使・・・」
「そう。私たちは、奴らに連れて行かれた仲間達の敵を討つために集まった者達なのよ・・・・
正義なんて言葉を口にする気は毛頭無い。あるのは・・・復讐心のみ!」
「もう俺たちの仲間は、数々の種族を数えて23名。どいつもこいつも精鋭ぞろいだ・・・・
しかし、敵の兵士の戦闘能力はおそらく・・・ダークエルフ以上」
「・・・・・・っ!!」
そんな、バカな・・・・
「驚くのも無理は無いだろう。敵は遺伝子操作で作り出したバケモノを兵士に仕立て上げている。
・・・・ダークエルフやドワーフの力を組み込んだバケモノを」
「そんな・・・・そんな奴らと、どうやって戦うんですか!?」
少し間をおいて、サイガがガルムのほうに向き直った。
「だから、我々はここへ来たのだ。・・・・・“魔狼”ガルム・ガルム殿・・・」
「ん?」
「教えてください・・・・彼の・・・・“ブレード”の居所を」
「!!・・・・本気かい?奴は・・・気まぐれだよ?」
「危険は十重承知しております・・・・ですが、今の我々には彼の力が必要なのです・・・・」
「誰ですか?・・・その人」
「ん?・・・あぁ、ディールは知らないだろうね。なにしろ・・・歴史の表舞台からは完全に消されてしまったんだからね・・・・」
「ブレード・・・・またの名を、“魔風”。ダークエルフが・・滅びるきっかけを作った男であります・・・・」

その昔、まだダークエルフがたくさんいた時代。
 世界最強と呼ばれた一つの村があった。
 総勢200人。ダークエルフの中でも、その名を轟かせたもののみが語る事の出来る正に最強の軍隊。戦えば、一つの国を壊滅させられると聞く。
 ある時その一団ががある村を通りかかった際、その内の二人が酒に酔って、一つのゲームを始めた。
 どちらが多くの人間の目玉を集められるか、というゲームを。

 それから数日後、彼らの里に一人の訪問者があった。黒いマントに身を包んだ男。
 「お前達が潰した村・・・あれは、私が前に世話になった村だった・・・」
 「そうかい・・・・そりゃあ、悪かった。・・・・・・でも、楽しかったなぁ、アレは」
 ダークエルフ達がニヤニヤと口をゆがめる。
 彼らにとって、人間を殺すということは、子供が虫を殺すようなものなのだろうか。
 「謝罪など要らぬ。私は、お前達を潰しに来たのだからな」


 それから数分後、たまたま通りかかった旅の行商人が、信じられないものを目撃する。
 世界最強と呼ばれた村に、異形な形の山が築かれていた。
 そして、その前に立つ一人の黒い男。
 「なぜだ。これほど殺しても・・・いくら敵を討っても・・・・まだ心が乾く・・・。私は・・・次は何をすればよいのだ・・・」
 その男の名は、ブレード。
 後に、“魔風”の異名を持つ者であった・・・・・・・

「ふぅ・・・・」
そこまで話し終えると、ガルムは深くため息をついた。そして、
「そうやってダークエルフの脅威が減った事をきっかけに、人間達が自分達を脅かしかねない存在を、数でもって滅ぼしてしまったというわけさ」
「あまりにも危険極まりない人物なのだが・・・・・我々だけでは・・・・・・奴らを殺せぬ」
そう言うと、サイガはぎりぎりと歯軋りした。
その様子を見かねてか、ガルムがうつむきながらポツリとつぶやいた。
「その・・・・せっかく来てくれて残念なんだが・・・・奴の居場所は、僕にも分からないんだ。なんていうか・・・気まぐれで・・・・」
「!!・・・・・そうですか・・・それは・・残念です」
その返答を聞くと、サイガたちはがっくりと肩を落とした。
「ここまで・・・・ここまで来たのに・・・・・ようやく、敵が討てると思ったのに・・・・・・」
予想外の展開に、フィーナが呟く。
その時、私の頭に一つの声が蘇えってきた。
『さらばだ少年・・・いや、ディール。“魔風”がやって来たと“魔狼”に伝えておいてくれ。いずれまた顔を出す、とな』
まさか・・・・あの男なのか!?
「ガルム!その人、顔に傷のあるマントを着た人ですか!?」
私が突然大声を出したので、ガルムが少したじろぐ。
「あ、ああ。そんな感じだけど・・・・・ディール、何で知ってるんだい?」
今度は逆に尋ね返して来た。
「会ったからです・・・・4日前に」
その場の空気が驚愕に染められるのが、私にもはっきりと分かった。

---------------------------------------------------------------
翌日 AM9:00
今日の空は快晴。しかし、窓の外は白い霧に包まれている。
この濃い霧が、街の温度を一定に保つので、昨夜まで降っていた雪が溶ける気配が無い。
昨夜から、居候が増えた。
『いずれまた顔を出す』
その言葉を信じて、彼をこの店で待つというのだ。
案の定、ガルムが発案者なんだけど。


そして私はといえば、只今裏庭。
目の前には、グレーという名の青年が体をほぐしているのが見える。
そう・・・・・・結局私は彼の挑戦を受ける事になったのだ。
私が今朝起きたら、なんか勝手に話が進んでいたらしい。
はぁ・・・・槍玉に上げられたうえ、私怨も無い相手と戦うとは・・・・・
あれ?・・・デジャブーだ。
前にもこんな感覚があったような・・・・・・?
すると、そんな私の意識が伝わったのか、男が声をかけてきた。
「ディール・・俺はあんたと戦える事を、とても嬉しく思う。『鏡の騎士』と呼ばれた男と戦える事がな」
「だから・・・なんです?」
私は少しの苛立ちを覚える。
「やり方が強引だったのは謝る。・・・こうでもしなければあんたは俺の挑戦は受けてくれそうに無かったから。
・・・・だが、やるからには本気で相手をしてくれ。・・・・・でなければ・・・」
男はすうっと深呼吸をして、身構えた。
ゾクリ
「一撃で・・・死ぬぞ」
巨大な殺意だけではない・・・それにも劣らぬ威圧感が私を取り巻く。
こんな感覚は久しぶりだ。
「分かった・・・本気で、相手をしよう」
私も左腕を前に出し、目の前の相手に照準を合わせる。
「いざ・・・尋常に勝負!」
私は、自分の血が熱くなってきたのを感じた。

---------------------------------------------------------------
上記テキストは 2004年11月20日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘