エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第四話

キシキシ
踏みしめる雪が音を立てる。
しかし、私にはその小さな音は届かない。
その音に気をとられたときには、私はおそらく死んでいるだろう。
『一撃で・・・死ぬぞ』
そのセリフと、この全身の毛が逆立つほどの殺意。
間違いない・・・
目の前の男は、私を殺そうとしている。
いや、殺すほど本気になっている。
私は目の前の男に照準を合わせたまま、ただじっと神経を研ぎ澄ませる。
きし・・・
かすかな雪のなる音・・・・
その刹那、
ドウン!
足元の雪やら地面やらを巻き上げて、男が突進してきた。
次の瞬間、私は顔面へ矢の様に飛んできた右拳を、左手の平で受ける。
そのまま力を逃がさぬように男の首に手を当て、力を下へ受け流す。
・・・・・・ッ!!
ミシッ!
手首、ひじ、肩と、私の左半身の間接が一気に悲鳴を上げる。
セオリー通りに事を運ぼうとしていた私は、とっさに体を回転させながら倒れこむ。
斜めになった私の体の上を、力の向きをそのままに男が飛び越えてゆく。
・・・・・・速い・・・・・・・
私の体が、その拳のスピードについていけなかったのだ。
ギリギリでかわせたか・・・もう少しで腕を壊される所だった・・・・
飛んでいった男は、素早く立ち上がると次の攻撃に備える。
衝撃を受けてはダメだ・・・・逸らせ!
ヒュッ!
男が私の視界から消える。
きし・・・
ヒョウッ!
後ろから、雪の音と空を切る音が聞こえた。
男の右拳が、今度は私の首を狙ってくる。
右フック!
私は体を右に回転させ、男の右ひじを右の掌で抑えて斜め下へ抜けさせる。
そして、男の首に左手を沿え、そのまま力の方向へ。
ドウゥン!
今度は決まった。
男は顔面から地面に直撃。しかし、雪のせいでダメージはかなり減少しているはず。
・・・・痛ッ!
左腕の間接が、またミシミシと音を立てる。
・・・このままでは、いずれ間接から砕けて使い物ににならなくなる・・・・もってあと一撃!
ガッガッ・・・
私は、足でそこらの雪を払った。その瞬間、
「ハァッ!」
男の左足が私の右頬を捕らえた。
・・・・ッ!
すさまじい衝撃が頭の中に響く。
・・・・まだだ!まだ終れない!
体にひねりを加えて反らせ、そのまま首を持っていかれないように避ける。
そして、わたしの頬に当たった左足のふくらはぎを右手で押し出し、男の回転を早めて右足を刈り、跳ね上げる。
「うおっ!?」
そうしてうつ伏せに宙に浮いた男の背中に左手を乗せ、私が先ほど雪を払った辺り。
剥き出しになっている岩に男のみぞおちを叩きつけた。
ドゴォォン!
「・・・・ガフッ!」
男の口から吐き出された血液が、辺りの雪をまだらに染める。
・・・終った・・・・・グッ・・・
私は、男がばったりと倒れるのを見届けると、左腕の痛みに耐え切れず膝をついた。
ギリリリ・・・・ゴキッ!
腕が・・・外れたな・・・
またガルムにお世話にならなくちゃ・・・
そう思って倒れこもうとした。すると、気を失ったはずの男がふらふらと立ち上がり、
「なめるなぁぁぁぁ

ドゴォォン!
胸に激しい衝撃。内臓が悲鳴をあげ、呼吸が途切れる。
「・・・・ガフッ!」
息を吐こうとすると、代わりに血が飛び出して目の前の雪を染める。
次第に目の前が真っ暗になってゆく・・・・
ウッ・・・俺の・・・負けか・・・・!!
体が動かなくなり、気を失おうとしたその時・・・・・
『なんなのかね!?これが、君達の言う“遺伝子”の力なのかね?』
遠い記憶の向こうから、忘れていたはずの声が浮かび上がってきた・・・


四角いリングの中、血まみれで倒れている二つの人影。
片一方は、長い耳と黒い髪・・・驚異的な膂力を持つ種族、ダークエルフ。
もう片方は、人間・・・・しかも、まだほんの子供だ。
『確かに、たった5歳でダークエルフと並ぶならかなり強力だ・・・。
だが!こいつ一匹で5000万は高すぎる!!』
リングの外で観戦していた男がわめき散らす。
『しかし、これからますます強くなりますし・・・・』
『やかましい!貴様らがあれほど傑作だとほざいておったのに、これでは役に立たん!
こんなのに5000万も出すくらいならば、ダークエルフを数人雇った方がましだ!!』
そう言うと、男はその部屋から出て行った。
そして、もう一人の白衣の男がリングに上がって来た・・・
ガスッ・・・!
男の足に弾き飛ばされ、少年の体が転がる。
『貴様ぁ!よくも私のビジネスを台無しに!!』
すると、かすかな声を絞り出して少年が答える。
『も・・・申し訳ありませ・・・・・』
『だまれぇぇぇ!!』
ゴスッ!ゴスッ!ゴスッ!
何度も何度も少年を蹴飛ばす男。
『ハァ、ハァ・・・貴様がこんなに・・出来損ないだとは思わなかった・・・ハァ・

貴様はもう要らん・・・・始末してやる!』
そう言うと、男はナイフを取り出して、少年に振り下ろした。
・・・・・・・・目覚メヨ!・・・・
心の中で何かが叫ぶ。
ガッ!
男の振り下ろしたナイフは少年の指で止められ、ピクリとも動かなくなった。
『なっ・・・・・そうか!ダークエルフの血!!・・・・待て!待ってくれ!』
だが、少年の耳には届かない。
ぼろぼろになった体を起こし、狂気に血走った目で男を睨み付け、
『なめるなぁぁぁぁ


         ぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
男は、雄たけびを上げた。
血走った目で、私を睨み付ける。眉間には深々としわがよっている。
・・・・・猛獣が暴れる時の顔とそっくりだ!!・・・・
「いかん!グレーの奴、あの事を思い出している!!」
庭の隅で事の成り行きを見ていたサイガが、私とグレーの間に割って入る。
「待て、グレー!落ち着くんだ!!過去に呑まれるな!!」
不安定な状態に陥ったグレーを、必死に静めようとする大男。
だが、
ドゴォォォオオン!!!
グレーの体がブレたかと思った瞬間、すさまじい轟音と共に私の頭をかすめて弾き飛
ばされた。
サイガを壁に叩きつけ、グレーが私のほうを振り向く。
「・・・・・・・・・・シネ・・」
・・・駄目だ!やられる!
左腕はまともに動かないし、さっきの回し蹴りで脳を揺らされたようだ。
体が言う事を聞かない。
その上、先ほどのそれを数段上回る殺気をぶつけられ、息をするのもやっとだ。
きし・・・・
男の足元の雪がなる音が、はっきりと聞こえた。
そして、男の体が震えた瞬間・・・・
ガシッ!!
私の目の前は真っ暗になった。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・違う。
気絶したわけじゃない。
何か“黒いもの”が私の視界を遮っているのだ。
そして、その黒いものの上のほうへ視線を動かすと、
白い線が一本走っている。
『久しぶりだな、少年・・・・・・いや、ディール』
上のほうから、声がした。
「“魔風”・・・・・ブレード!!」
私の前に現れた男は、弾丸のごとく飛んできたグレーの拳を左手一本で受け止めてい
る。
バカな・・・あの衝撃を真正面で!?
「うっ!うがぁぁぁぁぁぁ!!!」
またもやグレーが雄たけびを上げる。
『・・・過去に捕われし者よ。今しばし眠りたまえ』
バシッ
「ぐっ!」
瞬間、ブレードの手刀がグレーの後頭部を直撃。
ドサリとその場に倒れこんだ。
そして、グレーが倒れたのとほぼ同時に、私も意識を失った。


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う・・・・・・
暖かい・・・・・・
私は、ベッドの上で目覚めた。
「気がついたかい?」
すぐ横にガルムがいる。
「腕はたった今、治したところだよ」
確かに・・・・何事も無かったかのように左腕が動く。
・・・・・・・・・ハッ!
私は慌てて自分の格好を見る。
シャツは脱がされているが、ズボンは何事も無い。
・・・よかった。
てっきりこの間みたいに・・・・・・
・・・あれ?・・・この間・・・・・?
私が記憶を探っていると、そのしぐさをみつけたガルムがにんまり笑った。
「なんだい?ディール。そっちの方法で治して欲しかったかい?それだったら、何なら今からでも・・・」
「結構です」
言葉を最後まで聞かずに切る。
とりあえず今回は客人も見えてるからか、ガルムも裸にはなった形跡は無い。
「な、なんだい、ディール。せっかく・・せっかく二人っきりだってのに・・・」
「ええい、だまらっしゃい」
またもや言葉を切られて少しむくれる。
「・・・もういいよ。僕、下に降りてるからね・・・」
ガルムが立ち上がる。
あ・・・・
初めて気がついた。
ガルムの左頬・・・・・・腫れてる・・・・・
・・・・・ガルムは、裸にならなかったんじゃない・・なれなかったんだ・・・
ガルムがティタ様に蹴られている姿が目に浮かぶ。
やれやれ・・・・
私はもう一度ベッドに横になった。

しばらくして私が一階に下りていくと、いくつかの人影がホールに見える。
カウンターのこっち側には、ガルム、ティタ様、今日はリザリア様もいる。
向こう側の席には、フィーナ、サイガ、グレー・・・もう動けるのか。
そして、残る一人はカウンターの上に腰掛けている。
黒いマント・・・・ブレードだ。
まったく・・・・マナーの悪い・・・
そう思いながら、私はカウンターのこちら側へ。
のどが渇いた・・・・
棚からコップを取り出し、水を注ぐ。
横からはティタ様とサイガの声が聞こえてきた。
「で、そいつらの研究所は今どこなのじゃ?」
「・・・・丘の上にある白い病院だ」
ガチャン
私の手からコップが滑り落ちて砕けた。

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上記テキストは 2004年11月22日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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