エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第五話

丘の上の・・・白い病院・・・・
・・・・・・・・・シェリル!!
ガチャン
私の手からコップが滑り落ちて砕けた。
『ディー・・・ル・・・・・』
以前、サジクに捕まった時のティタ様の姿がシェリルと重なる。
グッ・・・
何も入っていない手を力いっぱい握り締める。
そして、
「あっ!ディール、どこへ行くんだい!」
私は、走り出していた。
・・・ガルム、どこへ行くかは分かっているでしょう?
・・・居ても立ってもいられないんです!!
私は、心の中でそう叫びながら入り口の扉を勢い良く開け・・・
バタン!
床に叩きつけられた。
・・・・痛ぅ・・・?
バサバサと、黒い布が私と扉の間で踊っている。
キィ・・・・
扉が閉められた。
上からは、鋭い目が私を見下ろしている。
「・・・・通して・・ください」
「それはできんな」
私は、体を起こしながら男を睨み付ける。
「・・・・・・助けに行くんです」
「貴様だけでは無理だ」
「なら・・・・力ずくで!」
この距離なら、一歩で抜けられる!
私は、立ち上がるや否や男の右側ギリギリへ一歩足を踏み出した。
行ける・・・・・・!?
踏み出した足が・・・・・・地に付かない。
目の前に何かを押し付けられ、頭が割れそうに痛い。
・・・・・・・・何だ・・・・・・!?
頭を抱えようとすると、何か棒のようなものが五本、私の頭をはさんでいる。
そんな・・・・・・手が動くのが見えないどころか・・・音も、気配も、まるで何も感じなかったのに!!
「それはできん・・・と言った筈だがな」
すぐ近くで男の声がして、そのまま頭を上に引っ張りあげられ、私の足が両方とも地面を離れた。

ドサ
男は私をカウンターへ座らせる。
頭を抑える私に、サイガが話し掛けてきた。
「ディール・・・そこに知り合いが居るのか?」
私は無言でうなずく。
「・・・・・気持ちは分かるが、今はまだ駄目だ。明るすぎる」
時間は・・・・午後二時半。
「今行けば、おそらくただの患者や、その他関係ない人間にも被害が出てしまう」
「あいつらの研究所は病院の地下よ。今夜0時・・・・人が最も少なくなってから病院を襲撃するから、その時まで待って」
0時!とても待てない!
そう叫ぼうとしたが、頭が痛くて声がでない。
「れ!・・・うぐぅっ!!!・」
すぐに頭を抱えて丸くなってしまう。
「だ、大丈夫かい!?ちょっと、ブレード!キミ、手荒すぎるんじゃ・・・」
「何だ?そのまま夜まで寝かせていた方が良かったか?」
ガルムが何か言おうとしたが、ブレードが有無を言わせずそれを遮る。そして、
「少年、さっき命を捨てる覚悟をしたか?」
私はうなずく。
当然だ。
あの時・・・ティタ様の時も命をかけた。
「なら駄目だ。行かせることはできん」
・・・・・・・?
何故だ?普通・・・・・
「普通逆だろう?と思っているのか。・・・確かに『騎士』ならばそう思うだろう」
「ど、どういう・・・ことですか?」
ようやく頭痛の波がおさまってきて、私の口から言葉が出た。
「“お国の為の戦争”で死ぬ事は名誉かも知れん・・・だが今回は違う」
それに三人が続ける。
「今回の目的はあくまで“敵討ち”。君が一人で行ったら・・・」
「あんたが捕まって改造されるかもしれねぇし、奴らが逃げ出すかもしれねぇ。
はっきり言って、そうなったらあんたは俺たちにとっては“邪魔”でしかない」
「たとえ戦って死んだとしても、目的を果たせかったらそれは単なる“犬死”。お願いだから邪魔をしないで頂戴」
「果たせたとしても、それは“犠牲”・・・“名誉な死”というものは、今回はありえないのだ。分かったか、少年」
「・・・・・・・・・・・分かりました」
本当は今すぐ、私だけでもシェリルを助けに行きたい。
しかし、今行けば彼らの邪魔になってしまう。
・・・・・今は、もう少し我慢しよう・・・・・冷静になるんだ。
私はそう自分に言い聞かせて、まだ明るい窓の外から丘の上を眺めた。


午後4時。
まだ空は明るい。
「あっ、オリーブオイルが無い・・・・ディー・・・あ、やっぱいいや」
そう言うと、ガルムはコートを着込みだした。
「なんじゃ、ガルム。遣いならわらわが行ってやろうか?」
「いいよ、いいよ。たまには自分で行くからさ」
店内には、重苦しい雰囲気が漂っている。
ガルムは半ば逃げ出すように店を出た。
私は、改めて店内を見回してみた。
お客さんは一人としていない。
いるのは、例の箱の周りでなにやら楽しげなティタ様とリザリア様。
それと、カウンターで今後の計画を話し合っているサイガ、グレー。
窓の外と時計を交互に見るだけしかしていない私。
フィーナは仲間に連絡しに行ったそうだ。
ブレードもどこかへ行ってしまった。
もう一度窓の外を眺める。
少し暗くなってきた空に、ちらちらと白い塊がまた降り始めていた。

そして、4時を30分ほど回った頃、それは起こった。
バタン!
ドアを勢い良く開けて、酒屋のおじさんが入ってきた。
ゼェゼェと肩で息をしながら、必死に何かを伝えようとする。
私は、コップに水を汲んで差し出した。
ありがたい、というしぐさをしながら水を一気に飲み干すと、
「大変だ!ガルムさんがさらわれた!!」
私は驚きのあまり耳を疑った。

午後4時15分
僕は、店から少し離れたいつもの酒屋さんへ到着。
「ごめんくださ〜い」
うん、我ながら良く通る声だ。
奥のほうから、おじさんが出てくる。
「おや、ガルムさん。今日はディールさんじゃないんですか?」
「うん。ちょっとね・・・」
適度な大きさのオリーブオイルを買って、おじさんと他愛も無いおしゃべりをする。
そして5分ほど経った時、それは突然起こった。
ガラララ
「あ、いらっしゃい・・・ませ」
入ってきたのは大柄で黒服とサングラスの男が二人。
・・・・・・・・M.I.B(メン.イン.ブラック)?
「この女か?」
「あぁ、間違いない」
僕のほうを見て何か言っている。
そして二人が僕に近づいてきて・・・
ぷふぅぅぅぅ・・・
「うわっ!!」
その内の一人が口から白い煙を吐き出した。
「ゴホッ、ゴホッ、何・・コレ・・・・・・・」
あれ?気分が・・・眠・・・・・
薄れ行く意識の中、男に担ぎ上げられながら、男たちの会話が耳に入ってきた。
「本当にこの女を使えばあいつをおびき寄せられるのか?」
「あぁ、間違いない」
男たちの胸には、銀色のエンブレムが輝いていた。
Z.E.U.S(ゼウス)と
・・・・・・ディー・・・・・ル・・・・・・
僕は気を失った。

ギリリリ・・
自分の歯軋りの音が一段と大きく聞こえる。
その時、ぽんと肩を叩かれた。
「ディール・・・・もう少し、辛抱してくれ」
「・・・・・・・ええ。・・・・分かっています」
今にも爆発しそうな自分を必死で抑える。
その時、扉が開いて赤い髪のエルフが入ってきた。
複雑な表情をしている。
どうやら、先ほどの話を聞いていたらしい。
「・・・・サイガ、グレー、仕度して。予定通り、0時に襲撃するわ」
「なぁ、フィーナ・・・1時間、いや30分だけでも早まらないか?」
グレーがフィーナに尋ねる。
「・・・・・・言ったはずよ。どんな事があっても、計画は変わらない」
みんなが出て行ったあと、しばらくして私は食事の仕度にかかる。
あとで、あれも出してこなくては・・・・

長い長い6時間が過ぎた頃、喫茶エリュズニルの戸を叩く音がした。
こんなに時間が長いと感じたことは今まで無かった。

午後10時30分
喫茶エリュズニルの前には、武装したさまざまな種族の戦士が集まっている。
私は、サジクと戦った時と同じ格好をして一階のホールへ出た。
着物、篭手、鎧の三点だ。
この三つは非常に使いやすいし、何よりもガルムの居ぬ間にあの物置へ入るのはなんとしても避けたい。
呪いとかかけられると、とてもいやだ。
しばしの時間瞑想にふけって平静を取り戻した私は、
「準備、出来ました」
店の中へ入ってきた3人へ話し掛ける。
フィーナは、先の戦闘の時のガルムと同じ白装束をしていた。
背中には普通より少し大きめの弓。腰にはやや細身の剣を差している。
グレーの格好は灰色の胴着に黒い帯、それと篭手だけ。
彼の篭手は私のものと違って、拳の前の部分に針が四本、長く突き出している。
恐らくは殴った時に致命傷を負わせる為のものだろう。
二人の軽装と比べて、サイガは非常に重装備だ。
全身を覆い隠す浅黒い鉄色の鎧。さらにその上に鉄板を打ち付けて一回り大きくして
ある。
背中には布に包まれた大きな物を背負って、手には3メートルもある大斧。
もはや人間の格好よりも、鉄の塊に近いといった感じだ。
「覚悟は出来てるかい?」
フィーナが私に問う。
「もちろんです。必ず、ガルムを助け出します」
「分かった。・・・・行こう」
そう言うと、3人が扉の外へ出る。
それを見送って、私はティタ様とリザリア様の方へ向く。
「では・・・・行ってきます」
「ディール・・・・必ず、帰ってくるのじゃぞ」
「ガルムさんをよろしくね、ディール」
私は深々と二人に頭を下げると、店の外へ出た。


そこには、いつもと同じ格好のブレードの姿があった。
「少年・・・・・・やはり行くのだな?」
私はうなずく。
しばし私の顔を眺めて、ブレードの口元が少し緩んだ。
「フッ、いい顔になったな。焦りも恐怖も見受けられん」
ブレードはそう言うと、フィーナのほうへ顔を向け、コクリとうなずいた。
それを確認すると、フィーナは剣を高々と上にあげた。
「さぁ、ついにこの時よ」
それにサイガとグレーが続く。
「復讐を誓ったその日から、ようやくここまでやって来た」
「踏みにじられた心の痛み、今こそ奴らに教えてやれ!」
『オウ!!』
その掛け声を最後に、彼らは無言のまま、丘を目指して走り出す。
ガルム・・・・今行きます。
私もその一団に混じって夜の闇の中へ消えた。

---------------------------------------------------------------
上記テキストは 2004年11月25日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘