エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第六話

午後11時45分
私は、街を一望できる丘の上に立っている。
空を見上げると、空一杯に星が輝いている。
街にはいつも深い霧が立ち込めていて、空を見上げてもわずかな星しか見えない。
こんな空を見るのは、この街に来てから初めてかもしれない。
ふぅ、と白い息を吐き出して、私は振り向く。
後ろにそびえる城の様なシルエット。
シェリル・・・・ガルム・・・・・
こみ上げてくる怒りの炎。それを消さぬように抑え、静める。
まだだ・・・まだ爆発するな。
扉の前に集まった人だかりに私も混じる。
その辺りの空気を、怒りという感覚が染めていた。
「さぁ、皆殺しにしてやるぞ・・・・」
グレーがすさまじい殺気を放っている。
私に向けられていなくても、その余波がビリビリと伝わってくる。
その時、ある一つの疑問が頭を過ぎった。
「サイガ、普通の患者さんたちはどうするんですか?」
今は言う時ではなかったのかもしれない。
しかし、今聞かなければきっと誰も耳を貸さないだろう。
「・・・・・・・・それも、例外ではない・・・皆殺しだ」
「そんな!!彼らは・・・・・」
私の言葉を、横からグレーが遮った。
「2年前、奴らの前のアジトを見つけた時そこにいたんだ・・・・頭の中をいじくられて半狂乱になっている兵士が」
「ここにいる患者は全てやつらの人形になっているだろう・・・・・解放してやるのがせめてもの慈悲だと、俺は信じる」
まさか・・・・・・シェリル・・・・・
「だが、ディール・・・・ガルムさんにはまだ望みがある。・・・・必ず君を彼女の所へ到達させる。その後が君の仕事だ」
ブレードがこちらを向いた。
「たとえ誰かが倒れたとしてもお前は振り返るな。あいつを助ける事だけ考えて前を向け。いいか少年、『手段なんか選ぶんじゃない』」
その時のブレードの姿が、ガルムと重なったような気がした。
それは、ブレードの威圧感が、ガルムのたまに見せる感覚に似ていたからかもしれない。
「・・・・・・・時間よ」
フィーナがそう言うと、サイガが一人扉の前へ出る。
荷物から取り出した丸い玉を持っている。かなり大きい。
あれは・・・・・・砲弾・・・・じゃないのか?
黒くて丸いものを扉の下へ置き、足を振り上げる。
・・・・・おい・・・・まさか・・・・・・・
「さぁ、行くぞ!」
午前0時、サイガの足が振り下ろされ、爆音・爆風と同時に扉が砕け散った。

う・・・・・・・
寒い・・・・・ベッドが硬いよぅ・・・・・・
あれ?・・・ここ、どこ?
僕はどこか知らないところで目を覚ました。
金属製のベッドの上に寝かせられていて、手足を拘束されている。
「やぁ、お目覚めかい?」
暗がりの方から誰かに声をかけられた。
こちらへやって来たのは、メガネをかけ、白衣を着た初老の男。
優しそうな風貌をしているが、どこか偽りのような感じがする。
「ここは・・・・」
「病院だよ。ホラ、君達が数日前まで通っていた」
だんだんと記憶がはっきりしてくる。
「・・・・・・君か、僕を誘拐したのは!!」
「その通り。私の名前はカール・ベルックナー。よろしく、ガルムガルムくん」
「!?・・・なんで、僕の名前を!?」
「すべて知っているよ、“魔狼”ガルム」
「・・・・・・・フフ・・・僕が何者か知ってて、喧嘩を売ってきたのかい?」
「その通りだよ。何しろ、私たちがここへきたのは君が目的だったのだからね」
「なんだって!?」
意外な答えに、少し驚く。
男はニヤニヤしながら、ベッドの側までやって来た。
「正確には、“君たち”だがね」
胸には、あの男たちと同じエンブレムがついている。
「おそらく、君はもう我々の目的は知っていると思うのだが?」
「あぁ、知っているさ。人間を強化しようって言うのだろう?グレーやサイガみたいに」
「サイガ・・・・あぁ、彼は別に入れなくてもいいよ。もう機械の体は要らないんだ」
ギリ・・・・
頭に血が上る。
「今ここで、噛み千切ってやろうか!」
「そう吠えるな、まだ役者がそろっていないんだ。それに・・今の君には無理だよ」
あれ?なんだか・・・・体に力が入らない・・・・
「一体、何を・・・・・」
「おやおや、ここは病院だよ?薬の注射ぐらい日常茶飯事では無いかい?もっとも、どんな薬だったかは企業秘密だけどね」
「くっ・・・・・」
「さて、お遊びはこれぐらいにして、いいかげん君にも話してあげよう」
そう言うと、男は僕に近づいてきた。
「実はね、ガルムくん。我々の計画ももう秒読みに入っているのだよ」
「なんだって!?」
「以前は完成する事の出来なかった“魔力の遺伝”も成功した。後は、より強力な肉体を持つ者に君の脳髄を移植するだけだ」
「・・・・・!!!」
驚きのあまり、息が止まる。
「フフ・・何をそんなに驚いているんだい?強い肉体に魔力を持たせられないなら、
魔力をもつ方を強化すればいい。一番手っ取り早い方法だろう?」
僕は、何も言わずに男をにらみつける。しかし、体に力が入らない。
「まぁ、そう睨まないでくれたまえ。じきにグレーの体も到着するだろう・・・」
「!?・・グレーは君たちが捨てたんじゃなかったのか!?」
話の筋からして、“肉体”にはグレーの体を使うつもりらしい。
「あの頃はな・・・・だが、今は違う。上手く機能しなかった部分も、彼の体が成長するにつれて混ざり合い、一つの細胞へと進化した。正に最強の肉体だ」
そこまで言うと、男は咳払いをする。
「だが、たった一つだけ誤算がある・・・・とても厄介な・・・問題だ」
「ブレードの事だね?」
「そう。はっきりいって彼は我々の成し得る常識をはるかに超えている。まったく・・・君たちには正直言って恐れ入る」
「・・・・・・・だから、僕をさらったのかい?」
「ご名答。悪いが、全てがかたずくまでは大人しく人質になってもらうよ」
男のあざ笑う声が暗い部屋に響く。
その時、
ドゴォォォォン!!!
何かが上のほうで爆発した。
ぐらぐらと部屋がゆれて、机の上にあった紙の束が散らばる。
何?砲撃?
「・・・まったく、“ルシファー”どもめ。なんて乱暴な・・・・・」
男はそうつぶやくと、さっき出てきた暗闇の方へ歩いていった。

ズシン、ズシン、ズシン・・・・・
冷たい鉄の廊下を、失踪する二つの影。
一つは鉄の塊。もう一つは、黒いマントの身にまとった私。
私の前を、大きな音を立てながらサイガが走る。
迷路のように入り混じった鉄の穴を二人は無言で通り過ぎていく。
雄たけびも遠くから聞こえるのみとなり、独特のホルマリンの匂いも今では血の匂いに混じって皆無に等しい。
『皆殺しだ』
さっきの言葉が耳について離れない。
ガルム・・・シェリル・・・・無事でいてください!
そして、角を五つか六つ曲がると、私たちはある扉の前に出た。
『危険!立ち入り禁止』
「さぁ、着いたぞ」
サイガが立ち止まる。そして、
「ぬあぁぁぁぁ!!!」
ドゴオォォン!
厚さにして5〜6センチの鉄の扉がひしゃげて、奥へ続く階段を転がっていった。
この下に・・・・
抑えられていた怒りの炎がまた、燃え始める。
「さぁ、道は開いた・・・・行け、ディール」
「・・・・サイガは行かないんですか?」
「あぁ・・・・・俺はお客さんの相手をしなければならないからな・・・」
サイガの大きな体越しに、何かが動く。
何だ?・・・・・人か?
「振り返るな、ディール!前だけを向いていろ!!」
私ははっと前を向く。
目の前に広がる暗闇・・・・下への階段。
私は、深く深呼吸をすると一気にそこを駆け下りた。
後ろからは、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

ディールは・・・・行ったな。
視線を前に戻す。
きぃ、きぃ、きぃ・・・・・
間接からきしんだ音を立てて、患者服を着た数人が前にいる。
そしてその奥、そいつはいた。
「おや?誰かと思えば・・・・・サイガ君じゃないか?」
聞き覚えがある。
俺の体をこんなにした男・・・・ゼウスの前技術開発局長、ビバリッヒ・ターゼン。
「フハハハ・・・まさか、まだキミが生きていたとはね」
「そういう貴様こそな。まだ人間をオモチャにしているのか?」
「オモチャとは失礼だな・・・確かに局長の座をカールに奪われはしたが、ボクはこ
のやり方が好きでね・・・いいものだよ?グレーのように金もかからないしな」
そう言うとその男は近くにいた女二人の頭をなでる。
すでに目に光は差しておらず、体のあちこちから金属片が覗いている女の。
「貴様には分かるまい?“改造”の楽しさが」
男はにやりと口元を曲げる。
「どんなに反抗的でも、体の中身を抉り出したらどんな奴も泣き出すんだ・・・・そして、最後にはボクの従順なペットになってくれる・・・・・最高だ!」
男がこちらに嫌な目を向ける。
「・・・・ただ一人、貴様を除いてな・・・まったく、恐ろしい男だ。ノコギリで体をバラバラにされ、釘で鉄板を打ち付けられたというのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「さぁ、行け!奴を捕らえろ!!」
男の合図で、周りにいた十数体の人形達が、俺に飛び掛ってくる。
「フハハハハ・・・!!サイガ、貴様を狂わせてやる!!
あの時以上に苦しみを与えてやるぞ!!ハハハ・・・、今度こそ貴様はボクのペットになるのだ!!」
「・・・・・・・・言いたいことは、それだけか?」
「何?・・・・どういう・・・・」
男がセリフを言い終わる前に、体をひねって腕を振り回す。
がしゃっ!ガシャン!グチャッ!・・・・
さまざまな音をさせて、俺の体にへばりついていた人形達が潰れる。
「・・・・・・なっ!?」
目の前の男は顔一杯に驚きを表し、言葉を失った。

「ふふん・・・少しはやるようだな」
男はまだ余裕だ。隣には、女が二人いる。
死骸の中に立つ男は冷たいまなざしで男を睨み、そちらの方へ歩き出した。
「ターゼン・・・もう貴様のオモチャは2つしかないぞ?そんな余裕でいいのか?」
「はははは・・サイガ!切り札は最後まで取っておくものだろう?」
向かってくる男に向かって、二人の女が飛び掛った。
その瞬間、
ギュイィィィ・・・・ガリガリガリ・・・
女達の体から突き出ているドリル状の物が、サイガの鎧を砕き始める。
ガリガリガリ・・・・・バキリ!
やがて鎧にひびが入り、大きな音を立てて砕けた。
「はははは・・・・その二人は特別さ。鋼でも抉れる!たっぷりと味わえ!!」
ギャギャギャギャ・・・ガリガリガリガリ・・・・
二人のドリルが、今度はサイガの体を貫こうとする。
びちゃびちゃと、体の一部を撒き散らしながらドリルはさらに進む。
「はははは・・どうした?サイガ。恐ろしさのあまり、放心したか!?ははははは・・・」
男はあざ笑うかのように声を出す。
すると、男が行動を起こした。
「・・・・・・・・終わりか?」
そう言って二人の女の頭をつかみ、
「では、今度は俺の番だな」
グチャリと壁に叩きつけ、背中に背負った白い包みをほどく。
「・・・・・・・・は?」
目の前にいる男は、何が起こったか分からない様子だ。
「待て!どういうことだ、おかしいぞ!あの子たちがなぜお前のような旧型に殺られるんだ!?」
ガチャリ・・・
「ひ!!・・・・」
巨大な穴を目の前にして、声が裏返る。
砦なんかに据え付けてある大砲の銃口。
「答えは簡単だ。貴様のオモチャじゃ俺に勝てなかった・・・・分かるか?」
「ひ、ひぃぃぃ!!ま、待って・・・」
「さようなら、ターゼン・・・・・・俺をこんな体にしてくれた事に感謝する」
ズドォォォォォン!!!
あたり一面に、男の体がばら撒かれた。
「おかげで、貴様を殺せたよ・・・・」


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上記テキストは 2004年11月26日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
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