エリュズニールの騎士・外伝〜白い雪と黒い風〜
                                               第九話

彼の名はハザル・イザラ。
いつも彼は本とにらめっこしてる。
『僕達と人間の根本的な違いを見出せば、彼らとの和平の道も見えてくるはずさ』
それが彼の口癖。
昔、私の住んでいた村の近くに、人間達の住む村があった。
私たちの村とその人間の村はとても仲が悪くて、村長の息子だった彼は、大人たちの
言い争いを毎日のように聞いて育っていた。
それが大きく彼の人生に影響したのだろう。
彼は毎日毎日、同じような本を読み、同じような言葉を話し、同じような動きをして
時を送っていった。
しかし、時々本から目を離して私に微笑みかけてくることがある。
その優しさに包まれた笑顔がとても愛しかった。

『フィーナ、人間のある組織が僕達の事を研究しているらしい。彼らならエルフと人
間の間に入って、和平の掛け橋を作ってくれるかもしれない』
そう言って、彼が村を出て行ったことがついこの間のように思える。
今日は帰ってくると毎日待ち焦がれ、村の外れから草原を眺めていた。
そんな時間は、矢のように流れ去った。

そして、結局帰ってこなかった彼が、目の前にいる。
私たちの敵として。
「どうしたのかな?フィーナ君。感動の再会のはずなのに、なぜ涙も流さないのかい
?」
ハザルの後ろにいた男に声をかけられた瞬間、私の心の中に炎がともった。
「・・・・よくもハザルを!!」
「・・・勘違いしてもらっては困るよ。彼が自分から言い出したのだよ?“僕の体を
使ってください”とね・・・確か最後の言葉は“エルフと人間の和平の為”・・・・
・だったな」
その言葉を聞いた瞬間、心の内の炎が体を突き破るほどに膨れ上がり体中を駆け巡っ
た。
「貴様ぁぁぁぁ!!!」
ほとんど反射的だった。
男に対する殺意と憎悪が私を支配して矢を放った。
一つの閃光は、そのまま男のほうへ飛んでいき、
カンッ
そのまま向こうの壁に刺さった。
薄笑いを浮かべる“標的”の前に、一人の男が立っている。
「・・・・・・・ダメだ・・・・・殺させ・・・ない」

私の手が震えているせいで的が外れた。
・・・・覚悟はしていた。この状況も考えられた。
彼を殺すことが、解放する唯一の方法と信じていた。
なのに・・・・・・・・
彼を目の前にすると、すべてが脆く崩れ落ちてしまう。
「フィーナ・・・・死んでくれるかい?」
「!!・・・ハザル!何を言い出すの!?」
「ふははは・・・無駄だよ。彼はすでに我々のコントロール下にある。君の声は届き
はしない」
男があざ笑っている。
「嘘!ハザル、私よ!・・・思い出して!!」
「覚えているとも・・・・僕の可愛いフィーナ・・・いい子だから・・・・死んでお
くれ」
男は、逆手に持った短剣を振りかざす。
しかし私はその事が目に入らなかった。
いや、その他の声も、物音も、気配だって感じない。
彼の言葉には、無機質な単語だけが含まれていたからだ。
(もう彼は戻ってこない。)
その絶望だけで心が一杯になった。
しかし次の瞬間、目の前に一粒のしずくが流れた。
上を見上げると、それは男の目からこぼれている。
その瞬間我に帰り、体を反転させて距離をとる。
そして、弓に矢をつがえた。
「フィーナ・・・・何をする気だ?まさか、僕を殺すつもりじゃないだろうね?」
涙を流しながら、彼はまた無機質な単語を口にする。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・殺せるのかい?」
「ええ・・・・・ハザル、貴方は優しすぎたわ・・・・・今、楽にしてあげる」
私は、彼の頭に狙いを定めて・・・・
矢を放った。

目の前に、幾つもの思い出が浮かんできた。
川に遊びにいったこともあったし、いたずらをして一緒に怒られたこともあった。
長い長い月日の中の彼との思い出が、一瞬にして頭に流れ込んできた。
ズドン
私の手から離れた閃光が、彼の頭に穴を穿つ一瞬のうちに。
矢はそのまま後ろにいた男の肩の肉をひっかけて飛んでいった。
「・・・・フィーナ・・・・・・ありが・・・・・とう・・・・・・」
彼は私に微笑むと、そのままゆっくりと倒れた。
そして、彼が倒れるのと同時に、涙が頬を伝わり、地面に落ちた。


男が倒れるのと同時に、矢を放った女も泣き崩れた。
その向こうでは、白衣の男が左肩を押さえている。
「ふん・・・・思ったよりやるようだな・・・・だが、何か忘れているんじゃないか
?」
男の傍らから、ふらりと人影が現れる。
「シェリル!!」
そうだ・・・シェリルも・・・
「ディール君、君も彼女のようにこの娘を殺せるかな?・・・フハハハハ・・・・
・」
勝ち誇ったかのように男が笑う。
しかし、困惑した私の目に信じられない光景が映った。
おそらくカール自身もまったく想像がつかなかっただろう。
ズゴォォォン!!
「がふっ!!」
白衣の男の体が、3回ほど地面をはねて転がった。
口からは血が出ている。
男は、ものすごい衝撃を喰らった左頬を押さえて上体を起こした。
「な・・・な・・・なん・・・」
土煙の上がる中、自分を殴り飛ばした人影に男は問い掛けた。
「なぜ、私を殴る!?シェリル!!」
煙の中からは、バキバキと指を鳴らしながら、
「なぜ、だと?貴様、私をこんな風にしておいてただで済むと思ってたのか!?」
シェリルが現れ・・・・たのか?
「まさか・・・・洗脳が・・・・・・」
「もうとっくに解けてるよ」
「!!!」
煙の中からもう一つ、青い髪の女が出てきた。
「さすがにこんな短時間じゃ、頭に機械を埋め込むなんて出来なかったみたいだね。
ちょっとした催眠術を解くぐらいなら並のエルフにでも簡単な仕事さ」
「・・・オイ、オッサン。私が受けた分・・・利し付けて返してやろうじゃないのよ
!!」

そういえば、始めてあった日も一瞬だけ性格が変わってたな。
あれはやはり・・・本性を現した瞬間だったんだな・・・・
私は目の前の光景に眼を奪われた。
清楚でおしとやかなお嬢様を演じていた少女が・・・・・・
これが“地”かぁ・・・・・ムチャクチャ恐いなぁ・・・・
『女には二つの顔がある』
そういえば、そんな事をどこかで聞いたことが有るような無いような・・・・・
「立ちやがれ!そのまま肉片にされたいか!?」
シェリルが指を鳴らすたびに、強化された筋肉が皮膚の下で大きく波打つ。
あぁ・・・ティタ様とどっちが恐いだろうか・・・・・
私はもう“戦意”というものをほとんどそがれていた。


「ふ・・・ふは・・ふはははは・・・・」
乾いた笑い声が無機質な鉄の部屋にこだまする。
白衣の男が笑いながら立ち上がった。
恐怖のあまりに発狂してしまったのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。
「ははは・・・・・とんだ誤算だなぁ・・・・まったく・・・・・」
「誤算だなんて抜かすなら・・・この機関に入ったときに思う事ね」
シェリルも立ち上がり男をにらみつける。
この部屋には、男に対する殺気のみが充満していた。

「・・カール・ベックナー・・・・貴様を殺す」
サイガが立ち上がる。
私には目の前の男に対する直接的な恨みは無い。
しかし、ガルムを捕らえられ、シェリルの体をいじくり回した男に対して
私の中にもふつふつと憎悪の念がこみ上げてきた。
あのダークエルフ、サジクのときと同じように。
「ふはは・・・私を殺す?君たちが?・・・・笑わせる!」
男が急に声色を変えた。
「私は常に最新技術の先端を行っている!君たちのような魔法やらサイボーグやらの
時代は終ったんだ!!」
「やかましい、そんな事は関係無いんだ!!俺たちは貴様に復讐する為だけに生きて
きた!貴様を殺せればそれでいいんだ!!!」
「愚かものどもめ!!人間の力を甘く見るなぁっ!!」
男がそう叫ぶと、突然地面が大きく揺れ始めた。
ドゴゴゴゴゴゴ・・・・
そして、揺れていた床の一箇所が分かれて、大きな一つの箱がせりあがってきた。
「この“檻”の中に入っているものは、我々の研究の集大成だ!!貴様らの命運も尽
きたぞ!」
あがってきた箱の上から、男の声が聞こえた。

「止めろ!!」
その時、陰になっている壁の辺りから声が飛んできた。
私たちはその声の主の方へ視線を向ける。
ずる・・ずる・・・・
そこから現れた男は、首から下が人間の、いや、生き物の原形を止めていなかった。
本来胴体のあるべきところには、鉄色の液体が流れている半透明のコードが無数につ
ながっていた。
そんな男が、ずるずるとかろうじて肌色をした右手を使ってこちらへ這ってくる。
「ターゼン!」
サイガが自分が殺したはずの男の名前を呼んだ。
「どうした、ターゼン?自殺行為だぞ?」
少々驚愕の表情でカールが問う。
「しょせんは一度死んだはずの体だ!別に惜しくは無い!!」
「一体どうしたんだ!?言っている意味がさっぱりわからん!」
「・・・ボクは、一度殺されてこんな姿になっても生きている!いや、生かされてい
る!・・・その時気づいたんだ!!」
「・・・・・・・・何にだ?」
「ようやく気づいた!!ボクたちのやっていることはもう人の許される範囲を越えて
しまっている!!」
その返答に、鉄の上に立っている男の表情が固まる。
「そんな事は無い!この科学力こそが、神が人間に与えた力だ!!」
「・・・これが神が与えた力ならば!!人間はこの世に生まれるべきではなかった!
!!」
「黙れっ!!!」
「もう止めるんだ、カール!!ボクたちはもう道を踏み外しているんだ!!」
「黙れ黙れ黙れぇっ!!」
「お前だって気づいているんだろう!?僕たちの当初の目的は・・・・」
「黙れと・・・・言ってるんだぁっ!!!」
カールがひときわ大きく叫んだ瞬間、箱のような檻から口が現れ、人の頭の付いた鉄
の塊を噛み砕いた。
あたり一面に、赤と茶色の混ざった液体が飛び散る。
やがてターゼンを噛み千切った口は、メキメキと箱を引き千切り始めた。
「強くなりさえすればいい・・・・どんな手を使っても・・・・」
うわごとのように言葉を呟いている男の下で、巨大なものが箱から抜け出てくる。
鋭い牙、爪、眼光。黒光りするうろこ状の皮膚と尻尾・・・これはまさか・・・
「ドラゴン!?」
ガルムが目を丸くして叫んだ。
その言葉に呼ばれるように、頭に機械のようなものを据え付けられている怪物が、す
でに理性の無くなった目をこちらへ向けた。


---------------------------------------------------------------
上記テキストは 2004年12月18日ムサシさま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘