キザクラさんの仲間入り

              文:SIN


ある日の煤煙喫茶営業後の夜・・
小さな姫様はお風呂に、その母上は昼間の貧血が祟って早々に自室へ
薄暗い店内にはディールとガルムとキザクラさんの3人のみ・・・
「主、顔色が良くないな」
「ええ、少し胃が・・・」
「ふむ、・・・まぁ昼間の母上の騒動ではな。ハデに転んで噴水のごとく流血すること
都合5回・・・リザリアどのはまぁ置くとしても繊細な主の胃袋にはこたえたであろう」
「ハハハ・・・」(空虚な笑い)
「後片付けと集計は我と店主がしておくゆえ休まれるとよい」
「ですが・・・」
「苦労性であるな、我が主は。よいから主はもうあがられよ。たまには自分の体の心配
をされるがよい。我の主である以上、体の手入れを怠って貰ってはこまる」
「はぁどうも・・・(私がキザクラさんの主なのは決定事項なんだな・・・)」
「ディールゥー、キザクラさんの言うとおり今日はボクたちに任せてあがりなよ。キミ、
見てるコッチが辛くなるくらい顔色悪いから」
「そんなにヒドイですか」
「うん」
「どこぞの死人が起き上がってきたのかと思うくらいに」
「・・・・」
「どうせならばボクがベッドで癒してあげようか。ほら、都合のいいことに邪魔者二人
はちょうどいないし♪」
「・・・キザクラさん、ガルム、あとはよろしく・・・」
「了解した。主」
「あれ、ボクの提案は!?」
「ガルムは店主であろう?まずは仕事を片付けねば」
「むー」
ブツブツ何か言いながら後片付けを始めたガルムと売り上げの集計を始めたキザクラ
さんを背に自室に引き上げるディール。
しばらくたって後片付けと売り上げの集計が終わる頃
「ふむ、体の手入れか・・・」
「ふぅ、こんなものかな。お疲れさま、キザクラさん。・・・どうしたの?真剣な顔
しちゃって」
「ガルム、少し分けてほしいものがあるのだが・・・」
「へ?」
    ・
    ・
    ・
自室で胃のあたりにお湯で温めたタオルをあてながらベッドでウトウトしているディール・・・
(・・・あー少し楽になったかな。母さんもなーもうちょっと周囲を確認してくれれば・・・
リザリア様は慎重すぎるぐらい慎重なのに同じ姉妹でナンであんなに違うかな。・・・う、また
胃がシクシクと・・・あーもうこのまま何も考えずに寝ようかな・・・)
と、そこに
〈コン、コン〉とノックが・・・
覚醒しきらない夢うつつでいると
今度は控えめに〈コン、コン〉と・・・
「?」
「・・・主、もう寝てしまったか?」
「?!キザクラさん?いえ、まだ起きてますよ(珍しいな、夜に訪ねて来るなんて)」
「入るぞ。・・・就寝前にスマヌな主よ。胃のほうは大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで大分楽になりましたよ」
「そうか、それは良かった。顔色も先ほどの死人の様な状態ではなくなったな」
「ハハハ」
「・・・・」
いつものような堂々過ぎるぐらい堂々とした立ち居振る舞いからは想像できないほど
何やらモジモジする長身の美女・・・
やおら何かを決意しかたの如く言葉を紡ぎ出した
「?」
「その、主・・・」
「ハイ?」
「体のな・・・その・・・手入れのことでな・・・」
「?」
「少しばかり主の手を借りたいのだが・・・」
「ハイ?」
おもむろにディールを見つめながら着物の帯に手を掛けるキザクラさん
「ちょ、ちょっと!え、ナニ?!イキナリ?!、そんな、待って待って!キザクラさん!!」
「なに、方法は我が知っている。あれだけ精密な作業をこなす主ならすぐにコツ
を覚えるさ」
「え、いや、そうじゃなくて、ちょ、ちょっと!?」
ベッドの上で硬直しているディールに近づいてゆくキザクラさん・・・
   ・
   ・
   ・
しばらくして風呂上りのホコホコの体で跳ねるような足取りで階段を上る小さな姫様
の姿が・・・
(けけけけけ。今日は母上はもう貧血で身動きすら出来んようじゃしな。幸いガルム
は裏の物置で何か片してるようじゃし・・・今日は邪魔者の心配はないな)
何やら怪しげな事を考えながらニヤニヤ階段を上るティタ
(今日のあやつの顔色ときたら・・・どれ、風呂で温めたこの妾の体を湯たんぽがわり
にしてやるかの・・・そしてそのまま・・・)
そしてディールの部屋の前でもう一つ含み笑いを浮かべ、いざとノブを掴んだ時、
『ああああ・・・・』
(?!)
部屋の中から妖しげな声が・・・
(なんじゃ?!だれじゃ?!母上?ガルム?いや、二人の所在は確認済み・・・
もしや・・・まさか伯母上か?!)
思わずドアに張り付き聞き耳を立てるティタ
『くふぅーはぁー・・・本当に初めてなのか』
『・・いや、ほんとに、はじめて、ですよ、こんなこと、するのは、ハァー』
『フフフ、緊張せずとも良い。なかなか筋が良いぞ、主は』
(?! 主?!・・・まさかキザクラか?!)
驚愕しつつも更にドアに張り付き聞き耳を立てるティタ
『あああぁぁ、主、そこは、そこはぁぁああー』
『あまり大きな声を出さないでくださいよ、他の人が聞いたらなんて思うか・・・』
『フフフ、我が主はホントに心配性であるな。我は主のモノゆえな。わが身の手入れは
主の務めであろう。くふぅーしかし、主の、その指の繊細な、動きは、あぁぁぁ』
『別に、私が、上手い、わけじゃ、ないですよ』
『ひぃ、主、あるじ、あるじー!そこはー!?』
『なんでしょうね、この、液体は、ずいぶんと、ドロリと、してます、けど』
(ぬぅ・・ローションか!?ローションプレイなのか?!いや、オイルマッサージか?!
妾もまだしてもらった事がないのに・・・おのれ、ディール!あやつーー!!)
つぶれたカエルの様な姫様にあるまじき姿で(元ととはいえ)ドアに張り付きながら
メラメラと嫉妬の炎を燃え上がらせるティタ
「・・・!!!??!!」
「どうした?主?」
「いや、何か尋常じゃない寒気が、いや殺気が・・」
「?・・・そう言えばドアの方から何やら物凄い≪気≫が・・」
と、キザクラが言い終わるか、どうかの瞬間、
バッッコオオォォォォォン!!という轟音と共にドアが吹き飛んだ!!
そしてそこには小さな、しかし灼熱の気配を漂わせた一匹の鬼がいた
「ディールー!!おのれはー!!」
「!!??ティタ様?!」
「姫君?!なにごと?!」
「うるさい!!ディール!きさまは〜!!ガルムや母上だけでは飽き足らず己が剣にまで
手をつけおってー!!己が行状は明々白々、妾が天誅の一撃をくれ・・て・・やる・・わ?」
突入直後こそ烈火の勢いだったティタだったが、部屋の中の様子を見るにつけ徐々に
その勢いは減少してゆく・・・
そこでティタが見たものは・・・
床に散らばった砥石、水桶、耳掻き先の綿だけがついたような器具、液体の入ったツボ等
様々な道具に囲まれて一振りの細身の片刃の剣をなめし皮で磨きながら
呆気に取られた表情のディールの姿・・・
「・・・何を?」
「ハ?」
「ハ?ではない!何をしておる!!」
「いえ、その、まぁ見てのとおり剣の手入れですが・・・」
「・・・剣の手入れ?」
「ええ、今まで剣の手入れは殆ど人任せでやったことなかったんですが・・・」
「それはイカンぞ、主。剣士たるもの己が剣は自らの手で手入れしなくては」
ディールが手にした剣がやおら言葉を発する
「でもねぇ。いままで手にした剣なんて二束三文の安物ばかりで・・・手入れする前に
大体折れるか、欠けるかしてスグに駄目になっちゃいましたから」
「フフン、そのような安物と一緒にして貰っては困るな、主よ。しかし、そのワリには
手入れの手際がよかったぞ」
「そうですか?言われたとおりにやっただけなんですがねぇ。しかも、キザクラさんみたい
な片刃の剣なんて扱ったことありませんでしたから緊張しましたよ。」
「我のような剣は本来“刀”と呼ばれるのだ。出来ればそう認識してほしい、主よ」
「はぁ、“カタナ”ですか・・・しかし、なんです、この液体。結構キツイ匂いが
するんですが・・・」
「ああ、主、その匂いはあまり吸い込まぬがよい。あまり吸い込むと頭がおかしくなるらしい。
手入れをすると言ったら道具と共にガルムが寄越したものでな。本来は銀等の装飾品の研磨に
使用するらしい。たしか、ポ、ぽ、ポリ、・・そう“ポリっシュ”とか何とか・・」
「はぁそうなんですか・・・・?ティタ様?」
「・・・・・・」
見ると小さな姫様が更に小さくなりながら小刻みにプルプル震えている・・・
「本来なら我が身のコトぐらい自分で手入れ出来ればよいのだがな。さすがにそうもいかぬ。
主には雑作をかけた・・・・どうなされた、姫君?顔を真っ赤にして?」
「あの・・・ティタ様?」
「・・・なんじゃ」
「あの、何か勘違いをされたんじゃ・・」
「勘違い?勘違いとはなんだ?主?姫君?」
瞬間、幻の右足がウナリをあげた・・
バッッコオオォォォォン!!!!
「ウビャシ!?!?!」
「主?!」
「まぎらわしいんじゃ、おのれらー!!!」
と自分の勘違いで起こした所業にいたたまれなくなり羞恥で真っ赤になったティタが見事な
上段回し蹴りを決めると同時に部屋から駆け出てゆく・・・・
そこにのんびりした声が近づいて来た・・・
「キザクラさーん、ディールゥー?やっぱりボクが研ごうかー?・・うわっと、あれ、ティタ
ちゃん、どしたの?顔真っ赤にして?ありゃ下に行っちゃった・・・ねぇディールさっきから
すごい音が・・・うわ、うわ、うわ、何で?!なんで部屋のドアが壁に突き刺さってるの?!」
「主!主!!主!!」
「・・・主・・・って、この肉魁が?!ディール?!ディールなのかい?!え、なんで、どうし
て?!うわ!うわ!!うわ!!うわわわわ!!割れてる!割れてるよ!!わ、なにか出てきた!
おお、手足が壊れた人形のようにバタバタ跳ね回ってるよ。気色悪ーい。こわーい。じゃない!!
ディール、大丈夫かい?!ディール、ディール!!ボクの声わかるかい!!??」
「・・・エヘヘ、キレイ、キレイなお花畑、エヘヘ、キレイだなー・・・あ、川の向こうで誰か
手を振ってる、ナンだろう。行ってみよう・・・・」
「駄目だ!!主!!その川は渡っては駄目だ!!戻ってくるんだ!!主、あるじー!!」
「ディール!大丈夫!!大丈夫だから!!ボクが必ず直すから!!いや、なおせるかな・・・
何を弱気な!!大丈夫!!成せばなる!!成せねばならぬ何事とも!!」
「あるじー!!!」
・・・・・その晩、煤煙喫茶の二階からは主を呼ぶ悲痛な叫びと自らを励ます妙な独り言が
絶えなかったという・・・
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
翌朝、夜明け前の店内・・・
「しかしまぁそんなに声が出るほどだったんだ?」
「うむ、過去に何人かの名人、名工と呼ばれる方々に手を入れてもらった時でさえ、あの様な
恍惚とした感覚にはならなんだ・・・(ポゥ)」
「(ありゃまぁ・・コレはやっぱりアレなんだろうな・・・)・・・これはディールもこれから
大変だな・・・」
「?!やはり主は直らんのか?!どこか不具合が残るのか?!」
「いやいや違うよ、大丈夫。ちょっと大変だったけどちゃんと直したから。彼は大丈夫。大変
てのはまた別の話」
「?そうか・・なら良いが・・」
「そうそう。・・・ねぇちょっといいこと教えてあげようか」
「いいこと?」
「そ、イイコト♪キミ、自分の状態を維持するために研ぐ意外に方法があるの知ってる?」
「!!なに!!ほんとうか!!」
「ホント、ホント♪大体ね、幾ら魂を宿らせた名刀『姫桜・陽』とはいえそんなにショッチュウ
研いでたら刀身がなくなっちゃうよ」
「!!そんなに頻繁には・・・」
「だってキミ、今晩も手入れしてもらうつもりだろ?」
「!!!(赤)」
「大丈夫、大丈夫♪誰だって気持ちいいことは大好きなハズさ。キミもさ、せっかく人の女性
に変化できるんだからそこんトコ上手く使ってかないと」
「??」
「・・・とは言え結局この方法もディールの協力が不可欠なんだけどね♪」
「????あまり主に迷惑を掛けるのは・・・」
「大丈夫!!むしろディールは大喜びのハズさ!!ただ、まぁボクらがちょっとばかり我慢しな
くちゃいけないかな?いや、その分彼には更にガンバッて貰わなくちゃ。なにせ3人から4人だ
からねー♪世の男性諸氏が聞いたら地団駄を踏んで羨ましがること請け合いだね♪」
「なら良いが・・・具体的には一体?」
「まぁまぁ慌てないで。そうだね、今晩、そう今晩ディールの部屋で教えてあげるよ。それこそ
手取り足取り♪まぁ最初はちょっといたいかもしれないけどスグに慣れるよ。そうそう、ティタ
ちゃんには内緒だよ。また、昨晩みたいなことになっちゃうからね。さぁそろそろ夜が明けるね。
開店準備をしようか。あぁ、そうそう、今日はディールはお昼まで起こさないでおこうよ。昨日
あんな事があったばかりだし。それに今晩は彼にはガンバッて貰わないといけないからね♪」
「・・・了解した」
そして今日もいつもの毎日が始まる
ただ、今晩からは少しディールが大変なだけ
そう、それだけ


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上記テキストは 2006年12月28日SINさま に頂きました。
ありがとうございます。
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