→戻る



穏やかに過ぎたある日
窓から射す夕日の赤
辺境の丘の預言者が
その従僕たる木偶人形に問う景色


「おお、我が従僕。
 我が従僕たる愛くるしい木偶の人形よ。
 今こそ我は君に問う。
 君はどこから来たのか。
 どこへ行くのか」


「…。
 わしはいま、そこの雑貨屋から帰ってきたとこじゃ。
 で、出かける前にお前からわたされた欲しいものリストには
 いくつか欠落があったといまごろになって貴様がいうので、
 これからもういっぺん行くところじゃ。
 …それがどうした」


「………コルク。
 もう少し気の効いた答えを期待したんだけど…
 その…どうにかならないかなあ…」


「この変人、
 ヒトの出掛けにくだらぬ質問ふっかけてきて、
 あげくに文句までぬかしおったわ。
 何様のつもりかのう」


「キミのご主人様です。コルク」

「…そうじゃったの」

「変人を主に持つと、従僕はたいへんだ」

「……。
 不幸なことじゃ…。
 …で、なんじゃったか。
 『どこから来て、どこへ行くか』
 なんじゃお前。
 またなにかくだらない本でも読んだかえ」


「くだらないとはまた随分なご挨拶だ。
 これは、かつて人が抱き、
 膨大な年月を経た今もなお解き明かせぬ、
 そしておそらく、
 人がこれからも永遠に抱き続けるであろう、
 深刻で難解、かつ壮大な問いの中の問い。
 命題中の命題。
 人の抱える命題の、ひとつの究極形。
 まさにこれは、
 地に蠢く我ら人から、
 天にまします我らが神様への問いかけであるのです。
 それを貴方、
 そんな、鼻で笑ったりしたら。
 それこそほら、あれですよ。
 バチがあたる」


「つくづくくだらない。
 人の神のバチが、人でないわしに、あたるものか」


「…。
 なるほど。
 それは道理です」


「ああくだらない。
 こんどの用はそれだけか。
 もう行くぞ。
 最近は日が落ちるのも早いでな」


「じつはね、コルク。
 先の問いの答えらしいものが手元にいくつかあります。
 ただ、どれが正解かわからない。
 そういうのって、ほら、あれだろう。
 気持ち悪い」

「…お前はヒトの話を聞かぬのう…
 ……うむ。
 答えの候補が既にあるのか。
 なら、いくつかある答えとやらのなかから
 体裁と都合のいいのを選んでならべて、
 最後に皆で多数決でもとりゃ良いんでないのかえ」


「コルク。多数決はよくない。
 数の暴力は国が滅ぶ元だよ。
 世のあらゆる結論が議論を経てのみ成し出されるべきなのです」


「…めんどくさいのう…」

「真理の追究とは、いつだってそういうものだ。
 困難で、手間がかかる」


「…うっとおしいのう…」

「じつはひとつ、
 以前から気になっていた答えがあるのだけど、
 それをさっき、ふとした折に思い出してしまったんだ。
 いっそ忘れたままでいれたなら思い悩む必要もないのだけれど、
 今となってはそれもできない。
 思い出してしまったからね。
 だから、君も一緒に考えてほしい。
 ぜひ」


「断る」

「人はどこから来て、どこへ行くのか。
 そこの窓から沈む夕日を眺めていて、
 それの答えをひとつ思い出しました。
 それは非常に簡潔な答えで、
 だからこそ印象に残っていたのだろうね。
 彼女の言葉によれば、
 我らは神様の御許から来て、神様の御許へ帰るのだそうな」


「…お前はヒトの話を聞かぬのう…
 ……。
 神様。
 とうとう、カミサマが出てきよったわ。
 おまえ、カミサマ好きだのう。つくづく。
 『どこから来てどこへ行くのか』
 『神様の元から来て神様の元へ帰る』
 お前は。
 お前らは。
 そんな見たこともない者のとこから来て、
 そんな見たこともない者のとこへ帰るのか?」


「哀れな我らは皆、生れ落ちると同時に
 天にまします神の御許から、楽園から離され、地に落ち、
 その生を全うして後にようやく、再び、神の御許に、楽園に帰ることを赦されます。
 それほどに罪深いのだね。我々は。なんだかしらないけど」


「生まれてすぐ罪に問われて大断罪かっ喰らうのか。
 お前ら、相当そのカミサマとやらに嫌われとるのじゃな。
 そういう意味では、確かに憐れじゃ」


「なにをいいますか。
 神は我らを愛していますよ。
 神は、いつでも、罪深き我らをさえ、愛しておられるのです。
 なぜなら、神の愛は無尽だから」


「お前、つくづく神様好きだのう…
 ホントに愛しとるなら、生まれるそばから突き落さんでもよかろうが。
 お前らの何が気に触ってそんな手間のかかることを続けるのか知らぬが。
 カミサマ、心狭いのう」


「…コルクはホントに神様嫌いだねえ…」

「ふん。
 そんな居るかどうかもわからぬ物。
 好き嫌いを論ずるにも値せぬ。
 路傍の石ころじゃ」


「そ、そうなんだ…
 コルクは強気でうらやましいなあ」


「じゃあな。
 いってくるから、部屋を散らかすでないぞ。
 台所には間違っても立つでないぞ
 来客も居留守で済ませいよ」


「ひどい。
 まるで病人扱いだよ」


「変人の世話は病人よりもやっかいでな」

「そっか。大変なんだね。
 ああ、帰り道のついでに角の古書店ものぞいてきておくれ。
 もしかしたら例の本、今日はあるかもしれない」


「わかったわかった」



→戻る