「…あ」
目の前は、血の色。
女の手が、男の胸を貫いている。
女の顔には、笑み。
「何で?」
問う。
けど、答えはない。
血に染まっても艶やかな黒髪、彼女の自慢。
正気のない目で男を見ている。
そして、その視線がこちらを向く。
窓際で楽しそうにそれを見ていたもう一人の男が、彼女に告げた。
「…殺せ」
「…ぁい」
虚ろな返答。にたりと、生気の抜けた笑顔。
「ねぇ…しんで?」
その瞬間、頭の中が真っ赤に染まり。
自分の中の何かが告げた。
―目覚めろ、と。


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サラヴァラックの武神
                                             文:滑稽

人が多くの精霊や亜人、神獣を淘汰した世界。
そんな中、唯一その圧倒的な膂力にて、人間からの討伐を逃れ、世界に君臨し続ける種族があった。
ダークエルフ。
エルフに酷似しながらも魔力を持たないが為にそう呼ばれる。
その多くが残酷性と残虐な逸話とともに伝えられているが、中には己がダークエルフである事を隠して人の中に隠れ住む者も居る。
これから始まるのは、そんな中の一人の物語。
少し後に「サラヴァラックの武神」、「同族狩り」と呼ばれ名を馳せる事になる一人の男の。
その最初のエピソードである。



この世界の覇者は、人間だ。
それを覆すつもりも否定するつもりも全くない。実際、あらゆる亜人、精霊、神獣に聞いても、同じ答えが返ってくる筈だから。
人間は多くの亜人や精霊を淘汰、もしくは支配している。
いくつか人間には対処できない種族もあるにはあるが、押し並べて少数で、その時点で覇権とかそういった物には無縁だ。
そんな中にあって、人と共存する道を選択して、人の中に溶け込んだ種族がある。
エルフ。
強大な魔力と高い知能を持ち、自ら人間と共存する為に人間世界に歩み寄った稀有な種族だ。
その一人である、ガルムガルムさん。
彼女の経営する喫茶店が、エリュズニルである。
冬も過ぎ、ほのかに暖かくなってきたこの頃。
俺はこの店を訪ねた。

「いらっしゃーい」
「いらっしゃいませー」
にこやかに応対したウェイターの顔が曇る。
当然だろう。
黒い髪に長い耳。実際に見た事がない者でも、それが意味する所は知っている筈だ。
「ダークエルフ…」
「ガルム史はご在宅ですか?」
取り敢えずにこやかに聞く。一片の邪気もなく笑うというのは、実は中々難しくて。
「ガルムに何か御用でも?」
「はい」
警戒されているなあ。
でも、こちらの物腰に面食らっているようだ。
妙と言えば、妙だだ。
普通ならダークエルフと知った瞬間にその顔が恐怖に引き攣る筈なのに。
もしくはそうだって気づいた瞬間逃げ出すとか。
まさか警戒された挙句、道を遮られるとは思わなかったよ。
「ディール、何をしておる。はようお客を通さぬか」
「あ、ティタ様」
「済まぬの、客人。ウチの者が粗相を―!?」
笑顔から恐怖、そして敵意へ。
そうそう、これが普通。
でも、それにしてもひどく明確な意思表示だ。それでやっと得心する。
「…成る程。貴方達はダークエルフに会った事があるんですね?」
そして生き残った。悪質な奴に出会ったら、大抵は生き残れない筈なんだけど。
「―何なに?どうしたんだい?」
奥から出てくる青い髪の女性。
「どうしたのさ二人とも硬い顔しちゃって。お客さんには笑顔だよ―」
言葉が止まる。ガルムさんはこちらを見て、他の二人とは違う表情で硬直していた。
「ア…アデュ?」
「その節は、父がお世話になりました」
深々と礼をすると、ガルムさんはとても爽やかな笑顔をしてくれた。

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「デル・ヴァルガ・ラザム…くん」
「はい。ヴァルと呼んで下さると嬉しいです」
背負っていた大剣を壁に立て掛け、俺は用意された席についていた。
目の前にはガルムさん。
「いやぁ…アデュの若い頃にそっくりだよ♪」
「そうですか?」
親父の若い頃なんて、見た事がないんだけど。
ガルムさんの後ろにはディールと呼ばれた若い男の方と、
金髪の少々短身のお嬢さん、
そして同じく金髪の、こちらはスタイルの良い美女。
ディールさんは金髪のお二人をかばうようにして立っている。
だがその目は困惑気味で、
俺をどう扱えばいいか測りかねているようだ。
仕方ない。
好奇もそうだが、畏怖、恐怖の視線など今までに飽きる程浴びている。
むしろいきなり拒絶されないだけいい対応だと思う。
ガルムさんはともかく、まずはそちらと良い関係を築いておきたい。
まずは。
「意外ですか?」
その言葉にディールさんはいたく狼狽している。
図星なのだろうが…、まあ簡単に帰結出来る事だよな。
「のう、ヴァルとやら」
「はい?」
「わらわ達は一度ダークエルフの被害に遭っておる。
それ故にお主のその態度がいささか信じられんのじゃ」
「わかります」
背の低い女性の方の問いに頷いて答える。
「ですけど、
全てのダークエルフが自分の力を乱用している訳ではありません。悪辣な連中の評判や行為のみが広まっている所為で我々みたいなのが隠れているというだけで」
「ふむ。そういうものか」
納得してくれたのか、納得は出来ないが理解はして貰えたのか。
どちらにしろ、敵意は持たずに居てくれるようだ。
「では貴方はここに居る方達を傷つけるつもりはないんですね?」
これはディールさんだ。真剣な眼差しで、俺を見ている。
俺もまた、真摯に返す。
「そんなつもりはありません。俺の誇りにかけて、誓いましょう」
「判りました。ならば貴方はガルムの客です。我々は貴方を歓迎しますよ」
ぎこちないながらも、笑顔。
「…有難う」
頭を下げる。
「ふむ…。人それぞれ、ダークエルフもそれぞれなのじゃのう…」
しみじみと呟く少女。しかしどう見てもその喋り方は年齢にそぐわないと言うか、品位の高い人の喋り方だと言うか。
まあ、親父から聞いたガルムさんの逸話が全て本当なら、彼女はいたく『規格外』の人らしいから。
…どこぞの王女様を雇っていても不思議ではないよな、うん。
と、そんな事を考えていると。
「それで、今日は何の用なんだい?アデュやリーザはどうしているのかな?」
ガルムさんはにこにこと微笑みを湛えて、聞いてきた。
出た名前は親父とお袋。二人はガルムさんの取り成しで結ばれたって聞いていたから、きっとガルムさんも気になっていたんだろう。
…辛い宣告をする事になるな。
「…両親は死にました」
ガルムさんの笑顔が凍った。
更に辛い事を言わなきゃいけない。だから。
無理矢理笑顔を作って、繋げた。
「正確には、母親は俺が殺したんですけれども、ね」
と。



To Next.

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上記テキストは 2004年1月24日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘