獣が目覚めた。

一言で表すなら、そんなところだろうか。

野獣の咆哮が、街を揺るがした。

「おぉぉぉぉぉォォォォッ!!」

憤怒。

悲哀。

憎悪。

その眼光は、

血に濡れた手を舐めて笑う女にではなく、

その後ろで歪んだ笑みを浮かべる男へ。

「殺せ」

「き…さ…ま…!!」

血が出る程に唇を噛み締めて、唸る。

「くくく…母子水入らずで遊ぶがいい。その間に『リヴィアタン』は頂いていく」

「やはり…目的はそれかっ!!」

「では、さらばだ」

「待てぇっ!!」

追い縋ろうとするその側頭を、何かが強打する。

「ぐぅぁっ…!!」

激痛に顔をしかめ、そちらを向くと。

拳を固めた彼女が、こちらを見てへらへらと。

虚ろな笑みを浮かべていた。


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サラヴァラックの武神 Vol.2
                                          文:滑稽

「…どういう事だい」
「親父はお袋に殺され、そのお袋を俺が殺しました」
「何故じゃ!?何故そんな真似を!?」
これは、ディールさんの後ろのお嬢さんだ。
溜め息をついて、告げる。
「狂ったダークエルフ。それを鎮めるには、その命を奪う事しかありません」
小さく音を立てる犬歯。
「それは…判って頂けますよね?」
頷くのは、ディールさんだ。
「ダークエルフという種族は特殊なもので、精神的圧迫によって『覚醒める』まで、その肉体的情報は人間とほぼ一緒なんです」
「それがどうした」
警戒と怒りとがない交ぜとなっているお嬢さん―ティタさんの言葉。
「覚醒によってその肉体はダークエルフの強靭な物へと変貌し、寿命も生命力も格段に延びる事になります。ですが」
一旦言葉を切る。
「その際の肉体的、精神的ショックに耐え切れなかった者は発狂してしまうのです」
「それが…私が戦ったようなダークエルフの事ですか?」
「それは判りませんが…恐らく」
「…お主は耐え切れなかったのか」
「いえ。俺は有難い事にその衝動に耐え切る事が出来ました」
「…ならば何故だい。リーザは既に覚醒を果たしていた筈だ。それは僕が確認している。ダークエルフが発狂する要素なんて他にはないよ」
それまで黙っていたガルムさんが、剣呑な目をこちらに向けて問う。
「…母は意図的に狂わされたんです」
「まさか…」
「母はダークエルフとしては、良くも悪くもお人好しに過ぎました」
思い出すだけでも痛いほどに、それは悲しく苦い記憶だ。
「精神の精霊ハウンティム。それを操るエルフによって、母は―」
目に映るのは赤。
血と、怒りと、苦悶の記憶。
「その、ダークエルフになる引き金となった、発狂に値する精神的苦痛の記憶を、幾度となく強制的に呼び起こされたんです」
戦慄。
彼らの表情は、そんな感じだった。
「何度耐えたか判りませんが、結局狂ってしまった母はハウンティムの干渉に従い、そのエルフの忠実な人形に成り果てました」
苦渋。それが表に出てしまう。こればかりは、直しようがない。
「発狂したダークエルフは、殺さなければならない。それがルールです。ですが、親父にはそれは出来なかった」
当然だと、思う。
親父は種族など関係なくお袋を愛していて。
お袋もまた親父を愛していたんだから。
「取り押さえようとした親父の腕を引き千切って、腹を引き裂いて。悲しい顔で名を呼ぶ親父の顔面を…お袋は虚ろな笑顔で言われるままに握り潰した」
ふと、向けられていた敵意が消えている事に気付く。
見ると、皆の視線が俺を慈しむようなものに変わっていた。
「…それでは、貴方はその母様を殺したのですね?」
俺が知る限り、初めて口を開いた、一番後ろに立っている女性の方。
「…ええ。それが最後の親孝行だと信じて」
「そうか…アデュも、リーザを殺さずに止める事は出来なかったか」
「はい」
と、ガルムさんの言葉にお嬢さんがふと疑問符を浮かべた。
「む?お主の父君はダークエルフではなかったのか」
「親父は人間でしたよ。一応『鏡の騎士』と並び称されるだけの豪傑でした」
「ラザム…ラザム…、まさか!?」
ディールさんには心当たりがあったらしい。
「『竜殺し』!?」
頷く。
「アデュ・ラザム。東方の海域に出没する神獣、暴竜リヴィアタンをたった一人で倒し、一振りの剣に封印した英雄です。20年以上前の事ではありますけど、それでもまだまだ有名だったんですね」

神獣の一種、竜。
人が精霊や神獣を淘汰した、と言っても、神の徒名をつけられる程の獣だ。
正しくは人間と波風を立たせないように、密かに人の住む地を去った者。
人に興味を持ち、その中に紛れた者。
そうやって人間の前から姿を消した、と言うのが正しい。
そんな中でほぼ唯一、そのままの姿で、かつ人間の脅威として存在し続ける超生命体。
それが竜だ。
ダークエルフと同等の膂力に(もしくはダークエルフが竜と同等の膂力を持っていると言うべきか)、エルフ級の魔力、英知を秘め。
何よりも強大なその独特の破壊魔術『ブレス』は、圧倒的な広域をいとも簡単に破壊してしまう。
そしてその生命力は凄まじいの一言に尽き、頭蓋を砕こうが首を落とそうが、時をおけばまた復活する。
世界中で確認されているのは五体。
嵐と大海の竜、暴竜。
風と大空の竜、天竜。
岩と大地の竜、剛竜。
雷と雲海の竜、哮竜。
そして。
炎と高熱の竜、猛竜。
20年程前に『竜殺し』アデュ・ラザムが暴竜を無力化し、その躯と魂を一振りの剣に封じた。それによって竜は確認されている上では四体となったが。
厳密には人間と表立って敵対していたのは暴竜リヴィアタンだけであり。
人間は彼らからの脅威を実質退けたと言えるだろう。

「…成る程のう」
しみじみと、呟くのはティタさん。
「それで…どうするつもりだい?」
「仇を討ちますが…その前に」
と、立て掛けた大剣を取る。
「こいつを魔剣に仕立て上げます」
「これは?」
「持ってみます?」
剣に近づくディールさんとティタさん。
ガルムさんなどは既に目を輝かせて既に剣をベタベタと触っている。
「軽いねぇ、やっぱり」
「軽い…?…本当ですね」
ガルムさんから手渡され、ディールさんは驚いた顔をした。
「故郷ア・ミスレイル原産の魔力金属、ミスリル鉱の大剣です」
「ア・ミスレイルとな?」
「はい。亜人が亜人として暮らす事の出来る楽園、剛竜ティガニーアとダークエルフの領主の手により、絶対的に護られている街です」
「ミスリル…って、あの、伝説の魔鉱ですか!?」
「どうですかね?でも…親父がリヴィアタンを倒し、封じた剣はこれと同じ材質だったんですよ」
目を輝かせて大剣に見入っていたガルムさんが、ふとこちらを向いて真剣な顔をした。
「いやぁ…素晴らしい業物だね。それで…これに誰を封じて魔剣を作るつもりだい?」
…これはもう決めていた事だ。
「親父と一緒です。竜を…猛竜、サラヴァラックを」

To next.

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上記テキストは 2004年1月27日滑稽さま に頂きました。
ありがとうございます。
雨傘日傘